mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆初ムク

−壱話−

 

 

 

いつもは耳に痛いくらいの静寂に包まれた殺風景な景色の部屋が真っ赤に染まっていた。

どこに視線を向けても視界が赤で占められチカチカと目が痛んだ。


壁に背を預けて座っていた体制から立ち上がると瘦せた小さな身体が傾いてふらついた。
寸でのところで踏ん張り倒れずに済めば子供は部屋の外に続く扉に視線を移す。

 

この部屋は静寂に包まれていたが外は騒然としていた。
男の怒鳴る音、硝子や金食器が割れる音、発砲音…この部屋と違って外はたくさんの音で溢れていた。

 

赤と青の異なる色の瞳をもつ子供はこの部屋に向かって来る複数の足音に気付きながらもその場に留まった。
逃げた所で行く当てもない、子供が一人で生きていける訳もなく聡い子供は流されるしかないと達観していた。


子供を守る親はここにはいなかった。

居たけれど、母親はこの部屋を真っ赤に染めては片隅で動かなくなった。

父親は部屋の外だったが、もうダメなのだろう。
子供は自分が一人残されたのだと理解する。


「Ⅰ世、後はここだ」

 

部屋の扉の前で足音が止まり、男の声が聞こえた。
ドアノブが回され部屋の扉が開くと外の光が薄暗い部屋に差し込み真っ赤に染まった部屋の悲惨な光景が露わになる。

 

「こりゃあ…また派手に死んだな」

 

入ってきた一人の男、赤い髪をした顔の右側に刺青を彫った方が部屋の惨状を見て呆れたように零し、顔をしかめた。
すると赤い髪の男の後ろにいたもう一人の青年が前に出て部屋の惨状を見るよりも早く、ただ突っ立っていた子供に近付き床が汚れているにも関わらず膝を付いた。

 

「おい、Ⅰ世!」
「G、子供だ」
「…ったく、お前は…」

 

赤い髪の男、Gは仕方なさそうに溜息をつき淡い金髪の青年、Ⅰ世の背中の前に立った。

いつでも守れるようにだ。

 

Ⅰ世はそんな心配性なGに小さく笑みを浮かべ、何事にも全く興味なさそうに空虚を見つめる子供に顔を向ける。
部屋は真っ赤に染まっており、母親と呼ばれる者は動かないが子供には傷はなかった。

 

傷はなかった…けれど子供は随分と貧弱だった。
余り食べてないのか身体はやせ細っていて触れただけで崩れてしまいそうだった。

けれど一番に目を引いたのが異なる色の瞳だった。
左目は深い海の色を連想させ、右目は血の紅い色に「六」の文字が浮かび上がっていた。


自然に出るものじゃないと、一目で分かった。

左目の周りに薄っすらと手術跡が残っており、Ⅰ世とGは子供が実験に使われたのだと察した。


「…エストラが人を使った実験をしているという話は
本当だったな。まさか自分の娘まで実験台にするとは思わなかったが…どうかしてるぜ…」
「あぁ…こんな小さな子まで犠牲にするなんて許さない…」

 

Ⅰ世は無表情に見つめ返す子供を痛ましげに見つめ、手を伸ばした。
子供は不思議そうに目を瞬かせるとⅠ世の手が優しく頬に触れた事に目を見開いた。

 

「……、」

 

優しく撫でられた事がない子供は暖かい掌の温もりに戸惑い視線を揺らした。
小さく反応を返した事に気付いたⅠ世が子供を見つめれば無表情だった子供が不安そうに逃げたそうにしている。


優しくされた事がなく戸惑っているのだと分かったⅠ世はグッと込上がる感情を抑えて子供に対し微笑む。

 

「大丈夫、俺と行こう」
「……、」 

 

戸惑う子供に肩に掛けていた上着を羽織らせてⅠ世は
子供を優しく抱き上げた。
黙って見ていたGが先導して扉を開き、Ⅰ世は一人残された子供を連れてその部屋を出て後にしたのだった。

子供を連れたⅠ世とGは早々にこの場所から切り上げる。
子供が居たのは普通の長屋の一軒家だった。

一見、ただの家に見えるが近所の人から余り良い噂はなく、不気味な家だと囁かれていた。


それが先日、子供の悲鳴が何回も聞こえた、という連絡があった。
本来なら警察に任せるべきなのだろうけどこの長屋はただの一軒家ではなくエスネという暴力団関係者管理しているのだ。

ただの警察では手は出せないからと街の取り締まりを担うあさり組の一世代の頭だったⅠ世が真相を確かめるべく、ここに訪れた。

 

そして通報があった通り、この一軒家では子供を使った実験が行われていたみたいだった。
一体何の実験かはこれから調べてみないと分からないが実験台となってしまった他の子供たちは既に息がなく手遅れだった。

地下の実験室で無造作に放置された子供らの遺体が15人ほど居りどの子も身元が確認出来ない事からどこからか違法な方法で攫った子だろうと推測されるが、一人だけ別室にいたオッドアイの子供だけがエストラの一人娘だと分かったのは部屋に向かう途中で捕まえたエスネの統率者エストラが狂喜に瞳孔を開き喜々と娘はやはり特別なのだと喚き叫んでいたからだ。

生きている子供はこの子しか居らず、自ずとこの子が娘なのだと分かった。

 

後始末を部下に任せて屋敷を出る途中まで子供は今まで住んでいた屋敷をⅠ世の腕の中で静かに眺めていたが屋敷の壁は血で汚れていたり、エストラの部下が倒れ伏していたりと子供に見せてはいけない光景が広がっていたからⅠ世は子供の頭をそっと自分の首元まで導いた。


子供は大人しく従って顔をⅠ世の首元に埋めて目を閉じるけれど、 Ⅰ世はまだ子供の声を聞いていない事に気付いていた。

 

まだ子供なのにどこか達観している異なる色の目を見てⅠ世は自分の孫を頭に思い浮かべる。

あの子なら奪われたこの子の感情を取り戻してくれるだろうか…。

 

Ⅰ世は腕の中の子供を守るように抱き締めた。

 

 

 

 


**

 

Ⅰ世とGは表に止まってた車に乗ると車は直ぐに出発した。
助手席に座ったGがバックミラー越しに後部座席のⅠ世に視線を送る。

 

「そのガキ、どうすんだ?」
「…俺が引き取ろうと思っている」
「はぁ?何言ってんだお前」


疲れたのかいつの間にか眠ってしまった子供を見下ろしGの問い掛けにⅠ世は子供と対面した時から考えていた事を伝える。


するとやはりGはいい顔をしなかった。

怪訝な顔でⅠ世を睨み付ける。

 

「お前、まさか可哀想なガキがいたら何人も引き取るつもりじゃないだろうな?」

 

やめとけ、そりゃあただの偽善者だ。と遠慮なく切り捨てるGに運転してる部下が上司にそんな事言って良いんですか?!と戦慄いてる事を二人は知る由もない。

 

Ⅰ世はGを一瞥してまた子供に視線を戻す。

 

「そんなつもりはないさ。もし助けた身寄りのない子供を引き取っ ていたら今の家じゃ既に狭いだろうな」

 

Ⅰ世は暗に引き取るのはこの子で最初で最後だと伝えればGは尚更何でその子供なんだと理解出来ないことに口を閉ざす。

黙ってしまったGにⅠ世は口を開いた。

 

「…俺の超直感が’この子を手放すな’と云ってるんだ」

 

視線が合った瞬間にⅠ世は確信した。
この子供は自分に大きな影響を与えてくれる事を。

そして孫の綱吉にも良い影響を与えてくれること直感したのだ。

 

「!…お前の超直感なら、何も問題ねぇな」

 

顔をしかめていたGは超直感と聞くな否や半反対だったのを是と翻した。
Ⅰ世の生まれ持った超直感は一回も外れたことはなくその直感を周りは信じていた。


Gもその一人だ、だからⅠ世の超直感が告げるのであれば子供を引き取る事に異議を唱えるつもりはない。

Gが思うのは親友として、右腕としてⅠ世に危険が
及ばないかどうかだけだ。

 

「ありがとう、G」
「フッ…好きにすりゃいいさ、いつものようにな」

 

屋敷に帰ったらGは子供を引き取る手続きを直ぐ手配してくれるの だろう。
本当に良い親友をもったよ、と感謝するⅠ世は嬉しそうに笑みを浮かべた。


腕の中の子供はやはり栄養失調なのか段々とぐったりしている。

そしてよくよく見たら目の周りだけでなく身体の至る所に縫い目があった。

 

「…娘なのに酷い事をするな…」

 

痛々しい姿に狂気的な笑い声を上げてたエストラを
思い出してⅠ世は子供の頬を撫でるとこの子を必ず守ると固く誓った。 

 

数時間も走れば車は屋敷へと戻った。
門の横に車が停止すれば外にいる部下が後部座席のドアを開けてくれた。
礼を言ってⅠ世は眠る子供を起こさないように注意しながら車を出る。


Gは先に車から出ていて引き取りの手配を部下に指示していた。

自室に移動する間、ボスの戻りに挨拶しにくる部下がたくさん居たがⅠ世の腕の中に眠る子供を見つけると皆がキョトンとして言葉を失っていた。
それでも気付かない奴もいたがそれに対しⅠ世は笑顔で黙らせたのだった。


屋敷の奥の部屋、Ⅰ世の自室に着くと指示した通りに布団が敷いてあった、部下の仕事が早くていつも感心してしまう。
布団に子供をゆっくりと寝かせて布団を肩まで掛けてやればⅠ世はやっと一息入れる。

 

この子が…ここで暮らせるようになれたら良い。
早く声を聴いてみたい。
その声で名前を教えて、たくさん呼んであげたい…。

 

眠る子供の頬に掛かる髪を耳に掛けてやりながらⅠ世は柔らかい眼差しで見下ろし、そう思った 。