mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆初ムク

ー肆話ー

 

 

 


どこか甘く、少し焦げた香ばしい匂いが鼻を擽る。
羽毛布団の温もりにまだ身を任せたかったが骸はゆったりした微睡みから少しずつ目を覚ました。
そして真っ先に目に飛び込んできたのが起き抜けには少し眩し過ぎるブロンドだった。

「……、」

ブロンドの持ち主はジョットだった。
骸は一瞬何でここにいるのか、考えてしまったが直ぐにそういえば骸の為に離れを建てるとういジョットと建つのを待っている間はホテルに寝泊まりしてるのを思い出す。

ホテルに泊まったのは今日で10日目だった。
五つ星のホテルと聞いたがホテルに泊まったことすらない骸には一つ星や五つ星の違いが分からない。
部屋は広々としてて至る所に調度品が飾ってあり、ピカピカに磨かれた窓やシャンデリアが光に反射して目に痛い。
和室の広間2つ程ある部屋はジョットと二人で使うには広すぎると思っていたがこの部屋を取ったのはGらしくて部屋を見たジョットも苦笑いしていた。

「…眩しい…」
「カーテンを閉めるか?」
「!」

ぽつりと零した声に返事が返ってきて骸は驚く。
完全に眠っているとばかり思っていたから油断をしてしまった。
気配に敏感な骸でも気付かなかった。目を閉じていたジョットが瞼を押し上げてその目を開き…骸を見つめた。

「おはよう、骸」
「…おはようございます」

この部屋にはベットは一つしかない。
一つといってもそのベットはキングサイズというものらしく骸とジョットが離れて眠ってもまだまだ人が寝転べそうな程だ。
骸はソファーで眠っても何の問題もなく部屋に置かれたソファーも大きいから骸には丁度良いベットに思えたのだがジョットが勿論許さず一緒に眠る事となったのだ。

人の気配に最初の一夜は中々落ち着けず慣れなくて居心地悪かったけれどジョットが背中をリズム良く撫でて寝かしつけてしまうと思いがけず骸はストンと眠りについた。
それからジョットは夜必ず骸の背中を撫でで寝かしつけるようになった。
昨夜も、骸は背中を撫でられて眠りに落ちた。

「よく眠れたか?」
「えぇ…おかげさまで」
「それは良かった」

それじゃあ朝食にしょう、と身を起こしたジョットが顔に掛かる前髪を後ろに撫でつけながら骸を振り返る。
骸も身を起こし、先ほど鼻を擽ったのは朝食に出されたトーストの匂いだったらしいと納得した。
ホテルの従業員がドアの前にでも置いて行ったのだろう。ジョットはガウンのままテーブルに向かいソファーに腰を下ろした。

ジョットが身に着けてるガウンはダークグレーの光沢のある一枚なのだが端整なジョットに恐ろしく似合っていてだらしなく感じさせない。
細身なのにガウンの合わせから覗く胸板は厚く健康的な色で女性を虜にしてしまうこと間違いなしと云えるだろう。

骸は五つ星ホテルといえども子供用のガウンは常備しておらず合うサイズがないからとジョットの白いワイシャツを寝間着代わりとしていた。
部下に頼んで買えばいい話だったが骸が自分の為だけに無駄使いするなと気にしたからジョットのワイシャツで妥協したのだ。
まだ子供の骸にはジョットのワイシャツは大きくて膝まで隠れて最早ワンピースとなっているけれど気にしないのか骸は意に介さなかった。

「おいで骸」

チョコレートのジャムを塗ったトーストを片手にジョットが骸を手招く。
骸は裸足でとことこジョットの傍まで行くとちょこんと隣に座ってトーストを受け取った。

ぶらりと街の中を散策してた時に休憩で寄ったカフェの一押しのデザートメニューを頼んだ時、出てきたのがチョコレートパフェだった。
その時に初めてチョコレートを食べた骸はかなり気に入ったのか目をキラキラとさせて味わって食べていたものだった。
その様子を見たジョットは嬉しそうに骸はチョコレートが好きなんだな、とホテルに帰る道すがら有名店の一粒お札一枚もするチョコレートを20個入りで二箱も購入してしまった。
Gがその場に居たら何やってるんだお前は、とジョットを嗜めていただろうに残念ながらジョットを止められるGは居なかった。

食が細い骸は食べる事を得意としないけどチョコレートならば進んで食べてくれるのでジョットはおやつとかちょっとつまむ程度に食べたい時にチョコで作られたものを頼んでは骸に食べさせてあげた。
そうすると骸は食べてくれるのでジョットは内心一安心している。

トーストを口に運ぶ骸を横目に見ながらジョットも自分の朝食を食べて今日は骸をどこに連れて行こうか、考える。

今日は快晴だ、海を散歩するのも良いだろう。

 

 


***

風が髪を靡かせザザァ…と波が沖に打ち寄せて引く海の音が骸の視線を奪わせた。
どこまで続くのか分からないほど広大な海の広さと、青空に転写して青くキラキラと太陽の光で照り付ける海は初めて見る光景だった。 

本の写真でなら見たことがあるから海という知識は知っていた。
けれど、写真とは比べ物にならないほど、目の前の本物の海は美しく綺麗だった。

ノースリーブの白いカッターシャツに黒のホットパンツ姿の骸は波と砂浜の内際を歩きながら海を眺める。その後ろをグレーの七分丈の長袖とラフなジーンズ姿のジョットが自分と骸の靴を持ちながら続いた。
どうやら海も気に召してくれたようだと、ジョットは安堵に微笑む。

「海というものは…広いのですね」
「初めてか」
「写真でなら見たことありますが…本物は初めてです」
「そうか。本物を見た感想はどうだ?」

隣に並び骸の手を握って歩けば骸は一度ジョットを一瞥するも何も言わず海に視線を戻して口を開いた。

「綺麗です…でも、」

一度口を閉じて骸はジョットを見上げた。

「海は僕なんかあっという間に飲み込んでしまうんでしょうね」
「骸…」


それはどういう意味で言ったのか、ジョットには計り知れなかった。
ただの単純な感想だけかもしれない。或いは……考えてジョットはその思考を止めた。
考えただけ無駄であるし、もしそうだとしても易々と見過ごすつもりもないのだからジョットは海を見つめる骸の脇に手を差し込むとそのまま抱き上げた。

「…もし骸が飲み込まれそうになったとしても俺が必ず助けるよ」
「貴方が…?」
「あぁ。俺が骸を引っ張って連れて帰る」

海はこんなにも広いですよ?場所によっては海の中は暗い、そんな中から僕を探すのですか。と問う骸にジョットは迷う事なくそうだと頷いた。
躊躇しないジョットに骸は困ったように笑みを浮かべた。

「貴方を必要とする人は多いのですから…自分を大事にしてください」

共にいる数日でジョットが如何にたくさんの人から求められているのか、骸は見ていた。
3時間置きにジョットに助言を求める電話が鳴り、外を歩けばジョットに声を掛ける者もいた。
どこを歩いてもジョットの顔は知られていてこの男がどれだけ凄い人なのか、骸は身に染みた。
だから骸を助ける為だけに危険を犯すのは人の上に立つ人間であるジョットはしてはならないだろう。
諭すような骸の声にジョットは目を見開く。

「既に隠居してると言ってましたけど貴方はあさり組にまだ必要とされる人です」

だから、関係のない子供のためにそんな事をしてはいけない。
そうジョットに言った骸の表情は優しかった。子供とは思えないその発言にジョットは一瞬言葉を飲み込む。
それでもジョットは意識せずとも言葉にしていた。

「お前はもう俺の大事な家族なんだ。だから危険を承知で骸を守るのが…俺の役目だ」

自分を蚊帳の外みたいに関係のない子供とか、二度とそんな事言わないでくれ。
骸を抱き上げたまま後頭部に手を回しグッと引き寄せて抱き締めればジョットは切なそうに骸に懇願した。

キツイ程に抱き締められて骸は何気ない自分の言葉でジョットを傷付けたのだと気付いた。
ただ命を簡単に投げるなと伝えたかっただけなのに、人に伝えるのはこんなに難しいのか。と骸は何故ジョットが傷付いたのか、まだよく分かってなかった。
だけどジョットを悲しませたかった訳じゃないから骸は頷いた。

「ごめんなさい…もう言いませんから」

戸惑いながらもジョットの背中に腕を回して宥めるように撫でた。
恐る恐るだが骸の慰めてくれる行動にジョットは小さく笑みを零した。この子はこんなにも優しいのに…自分に対しては無頓着なのが悲しかった。
死にたがってる訳じゃないのは分かっているが何か起きてもただ仕方がない、と抗う事無く諦めているように感じた。育った環境がそうさせてしまったのだろう…まだこんな子供なのに悟ったように己を顧みないのがジョットは悲しかった。

「骸…今はまだ分からなくて良い。だけどお前が消えたら俺は凄く悲しい」
「…」
「一緒にいてそんな経ってないのにこんな事言われるのを不思議に思うかもしれないが俺はもう骸が大事なんだよ。だからお前がいないと悲しいって事を覚えててくれ」

言い聞かせるジョットに骸はただはいと答えた。
理由はまだ理解出来なくても僕が消えたらこの人が悲しむ、今はそれだけ覚えていれば良いのだと骸は頷いた。

潮風が二人の髪をそっと優しく撫でて揺らしていく。
暫く骸を抱き締めていたジョットは徐に砂浜から上がると腰を掛けられる段差に骸を座らせた。
そのまま膝を着き持っていたハンカチで砂に汚れた足を綺麗に拭くとずっとジョットが持っていたサンダルを骸に履かせる。
容姿が整っている二人のその様子はまるで童話の王子様がお姫様の為に靴を履かせるワンシーンを連想させる光景で海に遊びに来ていた地元や観光客の視線を釘付けにした。

「砂が残ってたりするか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

ジョットも軽く自分の足を拭き靴を履くと骸に手を差し出した。
差し出された手に骸は手を重ねて段差から立ち上がってジョットの隣に立つ。そのまま重ねた手は握られて促されるまま足を動かしたジョットに骸も歩き出した。

「まだ時間はある、取り敢えず昼食事にしょう」
「はい」

遠ざかっていく海を尻目に骸は繋がれた手を見たら胸が急にキュッと締め付けられた。
目を瞬かせて今感じたこの感覚は一体何だろうか、と不思議に思う。

心臓が痛くなるのだけど、別にそれは不快感は抱かなかった。
だけど理由も分からないから骸は困惑する。もしかして病気なんでしょうか…?と思ってしまった。
知らないものは無知なままにしたくない骸は後で本を読もうと決めた。

「骸?」
「何でもないです」

考え込んでしまった骸にジョットが声を掛けると骸は我に返り、頭を振って何でもないと伝える。
首を傾げたジョットだけど骸が拙く笑い掛けると優しく微笑み返した。

 

 

 


謎の痛みについて考えていた骸だったが、その答えは案外早くに分かった。
ホテルで過ごしてた時、骸は本を片手に映画を鑑賞をしていた。ジョットも一緒に観ていたが1時間前に仕事の電話が入り別室でまだ電話をしていた。
ジョットを待っても良かったけれど気にせず観てて良いと言われ骸はそのまま映画観賞をしてたがその映画はファンタジーとラブストーリーを合わせたものだった。

その映画は人魚姫を主人公にした話で、主人公の人魚姫がある日人間と出会う。
その男は人間の姿をしていたが実は吸血鬼という骸が知ってる童話の人魚姫とはどこか違ったストーリーでその斬新さにについ目で追ってしまう。

主人公は吸血鬼の男と会っていく内に惹かれていった。男も人魚姫に心を奪われるけれど二人は超えられないものがあったのだ。
それは、二人の種族の違いだ。主人公は人魚であり海の中で生活してたが、反対に男は吸血鬼で海に入れるものの太陽を苦手として夜の闇で暮らす種族だった。
惹かれ合う二人だったけど種族の壁を越える事は不可能で想い合ってても共には生きられない事に苦悩する二人を描いていたのだ。

その中で主人公が男を想って胸がキュッと締め付けられて痛いの!これは一体何?と仲の良い親友に尋ねるシーンがあった。
胸の痛みに身に覚えがあった骸はじっと主人公のように答えを待った。

『それは…貴女は恋をしたのよ』

骸は首を傾げた。
恋?と骸と同じように映画の主人公も驚いたように目を見開いていた。
だけど骸と違って主人公は嬉しそうに笑っていた。そう、私はあの人が愛しいんだわ、だから胸が痛くて切ないのね。あの人を考えるだけで嬉しくても悲しくても胸がキュッと締め付けられるの…これが恋というものなのね。と恋というものを自覚する主人公に親友は頷いた。

骸は確かに主人公のようにジョットの事を考えるだけで胸がキュッと痛んだ。
だけど、それは恋なのかどうか骸には判断出来なかった。

映画の主人公は恋を自覚したけれど種族の違いに悩まされて涙していた。
あの人の傍に居たいのだと、離れたくないのだと親友に胸の内を話していた。
映画はそこで終わってしまい、骸はこれがシリーズものなのだと気付き続きはと探してみた所、どうやらまだ上映されて間もないみたいで続編の公開は未定だとエンドロールの後の予告編が流れる。

他の作品の予告編が流れるのをなんとなく眺めて骸は主人公とその親友の会話を思い出す。

『あの人が笑った顔が好きなの…ずっとその笑顔を傍で見ていたいわ』

ジョットの笑った表情は優しく骸も好きだった。
骸がちゃんと食べて、普通に話して、分からない事があれば聞くだけでジョットは嬉しそうに笑った。

『私が怪我した時にあの人が悲しそうに泣いてくれたの。そんな顔をさせたくなかったけど私の為に泣いてくれたあの人がもっと好きになった』

悲しい表情をするジョットが骸は苦手だった。
骸が己をないがしろにする言葉を吐くとジョットは悲しそうな表情をして骸の頭を撫でた。その表情を見たら胸が痛くて笑って欲しいと思った。

『あの人を愛してるから一緒に生きていたいわ』

…愛してるかどうかは分からないが、ジョットの元で生きていたいとは思っている。
骸を人間として扱った人がいないから今まで普通の生活というものが分からまくて何かと戸惑っているとジョットは全て一から丁寧に分かりやすく教えてくれた。
骸を一人の人間として大事にしてくれているのが分かっているから骸は今更昔の生活に戻りたいとは思わないしジョット以外の人の所には行きたくなかった。

主人公と似た感情に骸は思い悩む。
もしこれが恋だとしてもジョットはあさり組のボスで骸との歳もかなり離れている。
確かに優しい男だけど…まだ間もないのに好きになりますか?それに僕に好意という感情があるのかどうかも怪しいのに…と胸の痛みだけじゃなく別の悩みが出てきた骸は顔を歪ませた。

頭が痛くなった骸が気を紛らそうと頭を振っていたその時、電話が終わったのかジョットが別室から戻ってきた。

「ふふ、どうした?骸」

携帯をテーブルに置き隣に座ったジョットは膝を抱えて呻っていた骸の頭を撫でて笑う。
その笑った顔に骸の胸はまた締め付けられてトクン…と高鳴る。 

そして骸は認めて、納得した。


確かに、これは恋ですねーー…。