◆創作SS
私には5つ上の兄がいる。
母の再婚相手が連れて来た一人息子で、私たちに血の繋がりはない。
まだ私が4つだった頃に両親たちが再婚して引き合わされた私と兄は、私が物心付いてない事もありただ遊んでくれるお兄ちゃんが出来た事に喜んだ。
今なら複雑な事情だと分かるが既に何十年も共に暮らして来た兄は私にとってただの兄だった。血の繋がりはないけど義父も本当の娘みたいに可愛がってくれるしお母さんも兄を息子みたいに接してて幸せそうに笑っている。
兄も私をとても大切にしてくれるし、家族に不満なんて何一つなかった。
「海琴」
放課後、下校時間で帰ろうとした所で門の前に立つ兄が私の名を呼んだ。
それまでスマホでツイッターをスクロールして見てた私は兄の声で顔を上げるとスマホを早々にスクールバッグに仕舞った。
「遙兄、また迎えに来たの?」
小走りで兄の所に向かえば片手を差し出されて迷うことなく掴めば優しい笑みを浮かべた兄はそのまま握って歩き出した。
「最近、暗くなるの早いから心配なんだよ」
「ふーん…明るくても迎えに来るくせに」
「駄目だったのか?」
窺うように聞いてくる兄に私は少しだけ呆れた。
ここで駄目だって言ってもどうせ兄は迎えに来てくれるのだから拒否するだけ無駄だと私は経験から知っている。
別にもう子供じゃないし、心配してくれるのは嬉しいけど兄はどこか行き過ぎているきらいがある。
「駄目じゃない。けど遙兄も友達とかいっぱい居るじゃん。そっちに行かなくて良いの?毎日私の迎えに来なくても寄り道せずちゃんと真っ直ぐ帰るよ」
大切にしてくれるのは嬉しいけど、私が理由で周りから付き合いが悪いとか関係がこじれたり悪化するのだけは勘弁して欲しい。別に我儘で迎えに来て欲しいって言った訳じゃないんだから。
「あぁ、それなら大丈夫だろ。海琴が一番の最優先だってアイツらには言ってあるから何も言わないよ、だから俺の事は気にするな。好きで迎えに来てるから」
一番の最優先。当たり前のように口にする兄に私は思わず兄の顔を見上げるけど兄は真っ直ぐに前を向いていた。
「…そっか。ならもう良いよ、ありがとう遙兄。大好き」
無理してる訳じゃないなら文句を言うつもりはない。好きでやっているのなら好きにさせる。だって兄が迎えに来てくれるのは嫌いじゃないし、とりとめのない会話をしながら帰る道すがらは凄く安心する。
繋いだ手はそのままに兄の肩に頭を凭れさせて大好きと伝えると兄は繋いだ手を一層強く握り返してきて嬉しそうに甘ったるい声で俺も愛してるよ、と返してくれた。…そこまで言ってないけど。
**
「海琴~!見たぞ昨日!男の人と手を繋いで帰ってたんだって?この、この~!隅に置けないな~!!」
翌日、教室に入るといつも気に掛けてくれる友達が入るなり絡んできた。
悪い子ではないけど、空気読めないし噂好きのミーハーな子だ。多分、男っていうと兄の事だろうけど。私がこれまで手を繋いだことがある異性なんて義父か兄しかいなから疑いようもない。
周りの女子も既に知っているのか、やたらとこっちを気にしているのが分かった。
「私のお兄ちゃんだよ、迎えに来てくれたの」
「お兄ちゃん?!あんなカッコイイ人が!?羨ましい~!手を繋いでたから恋人かと思っちゃった!そっか、お兄ちゃんか~」
勘違いだって分かってくれたなら良いけど、声大きいの何とかならないかな…。
まるで周りに言い聞かせてるみたいに言うから居心地悪く感じる。確かに兄は傍から見たら格好いいだろうけど、同級生に言い寄られる姿は見たくないし気持ち悪い。
「兄は私の事大好きだから、心配で仕方ないんだって」
まるで牽制するように、兄は私以外眼中にないと言外に言い含ませる。
すると目の前の友達はキョトンとした顔をするとお兄ちゃんシスコンかよ!と大声で笑い始めたのだ。ちょっとうるさくて私は早々に自分の机に向かった。
「…はぁ、朝から疲れた…」
ノートを机の下に入れてると視線を感じて視線の先を辿ればクラスの男子がこっちを見ていた。
「…なに?」
「お前、兄貴と一緒に風呂入ってるクチ?」
いきなり下世話な話に私は思いきり顔を顰めた。
何で男子って一言目に二言目に下世話な話ばかりするんだろう。本当に同い年なのか疑ってしまう程に頭が悪い。
「それ、アンタに関係ある?」
「お前兄貴と手を繋いでんだろ?なら風呂も一緒ってことじゃねーか!」
ニヤニヤしながら馬鹿にしたように言うけど、兄と仲が良くて恥ずかしい事なんて一つもない。家族なんだから当たり前の事だ。逆に私は軽蔑の眼差しでその男子を見る。
「変態。私のお風呂を想像してたの?ホント気持ち悪い…近寄らないで」
「なっ?!ち、違ぇし!!誰が想像するか、お前なんか!!バカかよ!」
女子はこういう性的な問題に団結力が高い。ここでこの男子が“変態”というレッテルが貼られた暁には学校生活をドブに捨てたようなもの。男子に馬鹿にされ、女子には軽蔑の眼差しで見下される。
私との会話が聞こえてた女子たちがひそひそしてるのを見るや否や男子は慌てて悪態をつきながら離れていく。
度胸もないくせに、からかおうとするからだ、どっちが馬鹿なんだか。
まぁ、遙兄と一緒にお風呂に入っているのは事実だけど。