mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆宿虎


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五条は肌を刺すような大きな禍々しい気配に後ろを振り返った。

後ろを振り返っても誰かがいる訳ではなかったが五条の後方の方角から今まで祓った呪物の中で遥かに上回る程の大きな呪力の気配が辺りを漂い覆っていた。

 

この大きい気配はもしや…、と一番思い当たって欲しくない予想を頭が過り五条は面倒な事になるなぁとこれから出張先で購入したご当地土産を食べようと楽しみにしていたのに、と食べ損なう事に酷くガッカリした。

 

小さく溜め息を吐いて五条は仕方なく気配を感じたその場所まで"トんだ"。

 

 

 

 

 

「………」

 

随分とまぁ…、若いな。

 

それが五条の第一印象だった。

トんだ先は何年も使われていないだろう廃病院だった。夜遅い事もあってがらんどうとしてる院内はあちこち朽ちていて割れた窓ガラスからすき間風が吹き、どこか不気味な空気を醸し出している。

 

そんな院内の空気をモノともせず、割れた硝子や汚れた包帯などで散乱している待合室の真ん中にそれは立っていた。

 

短髪の少年だ。まだ年若い、10代の。

赤いパーカーにその上から黒の上着を羽織り、黒いスラックスとパーカー同様赤いスニーカー。どこにでも居る普通の男子高校生に見えるのだけどそれを少年と呼ぶには纏う気配は大きくこの世の全てを見てきたような熟年者のような威厳のある顔付きをしていた。

それは五条を振り返ったが何の反応も示さなかった。

 

まるで最初から居ないかのように無視し周りを見回している。

それには五条も呆れたような気持ちになる。

 

 

「両面宿儺、だよね?」

 

何かを探してるような素振りのその少年の背中に五条は問い掛けた。

少年の顔には血塗りのような赤い模様が浮かんでいて、それが何を示しているモノなのか、五条はよく知っている。

両面宿儺。五条のような呪術師が何人も挑み、打ち勝てなかった呪いの最強、そして呪いの王に君臨する特級呪物。

まだ封印されている、筈だったンだけどなぁ…?と腕を上げて構える五条にやっと存在を認識させた宿儺は鬱陶しそうな表情で振り返り、ぞんざいに言った。

 

「オマエに用はない」

 

まるで犬を払うかのような仕草でシッと手首を振る宿儺に五条は目を僅かに見開く。

黒い目隠しでその目元は見えないのだけどえー…?と拍子抜けして僅かに口を開けてしまう。

 

両面宿儺って人間を、況してや己を封印した呪術師という者に対して殺戮を繰り返した呪いだよね?呪術師が目の前に居るのにまるで犬を払うかのようなこの態度…一体何だろう。

 

取り合えず宿儺は合間見える気はないと感じた五条は腕を降ろし両手をポケットに突っ込むといつものように怠そうな姿勢になり僅かに首を傾げる。

 

「んー?確かに両面宿儺のようだけど、なんか思ってたのと違うかな」

 

いつの間に受肉してたのか、預かり知らぬ所だったし。呪いの王ならば自分の存在をアピールするかのようにありったけの呪力を撒き散らし、大量殺戮を繰り返して世界中の呪術師達が応戦している筈なんだけどなぁ…1000年前の宿儺だったら。

 

じろじろと無遠慮に宿儺を眺めてもその視線を気にもせず周りを見回していた宿儺はここには何もなかったのか用は済んだとばかりに歩き出し移動しょうとしていた。

 

「どこ行く気?」

「…俺の大事なモノを探している、邪魔するでない呪術師が」

 

2度目はないぞ。

低い声でギロリと睨み付けらる五条だったけど呪術師最強の五条が怯える筈もなくあっけらかんと「だけど特級呪物の君を放っとく訳にもいかないじゃん?」と言い放つ。

 

自分が呪いの王だって分かってるよね?呪術師も呪いも君を見付けたら最後、どこまでも追い掛けて来るよ。と五条が言うのに己の存在の大きさを理解してるから面倒くさいという表情を隠しもせず宿儺はフンと鼻で嗤った。

 

「ならばお前も着いて来るが良い。今回だけ特別に許してやろう」

 

今まで対峙した呪術師の中でも一際強いであろう暁に特別にな。

厭らしい笑みを浮かべて五条を肩越しに見返した宿儺はそのままフッと消えた。

 

宿儺が消えると五条は顎に指を添え考える素振りを見せると宿儺の出方を考える。

罠、って訳じゃなさそうだね…。

 

ここで考えてもしょうがないか、とわざと五条が辿れるようにか隠されていない気配を辿り五条はまたトんだ。

 

瞬く間に先程まで居た廃病院から五条は間違えることなく宿儺がいる場所まで着いた。

フワリと浮かんだ体を地面に下ろすと踏み締めたのは芝生だった。周りを見渡すと今度はどこかの森の中だった。

 

樹木が覆い茂る森は月の光りさえも届かないのか真っ暗闇だ。

 

暗闇など慣れている五条はどうって事はないが些か不憫に感じる。

こんな所に宿儺は一体何を探しているというのか。五条が着いてきた事を確認した宿儺は何も言わずそのまま歩を進めた。

 

五条も歩き出し宿儺の後を着いていく。

暗い森の奥を少し進んだ先、やっと視界が開けたと思うと目の前には既に信仰の薄れて何十年にもなろう小さな神社が建っていた。

鳥居がなかったから分からなかったけど、どうやら先程まで歩いていた道は神門の参道だったようだ。

昔は綺麗だったであろう拝殿の壁があちこちボロボロに腐っていて今にも崩れそうだ。

しかし構わず拝殿の中に入り、奥にある本殿の中へと迷わず宿儺は入っていく。

 

それに続いた五条はしかし本殿の扉の前で直ぐに立ち止まることとなった。

宿儺が足を止めたのだ。何?と五条が宿儺を上からの見下ろすと宿儺は暗闇が続く奥の部屋を凝視してポツリと溢した。

 

「…ここに居ったか」

 

居た?五条が聞き返す前に宿儺が再び足を進めてみれば、摩訶不思議な事に宿儺が進む度に月の光が差すように真っ暗で見えなかった奥が見えてきた。

 

五条が宿儺の歩む先に視線を向け、目を凝らせば奥の部屋の壁際に朽ちた神社にはある筈もない汚れやシミ一つもない綺麗な色とりどりの着物のベッドの上に、そこに白いパーカーの上から赤い着物を身に纏った少年が横たわっていた。

 

こんな森の奥の廃れた神社の中に少年が居た事にも驚いたが五条が一番に驚いたのはその少年の姿形が宿儺とそっくりだったからだ。

 

「宿儺の器…」

 

あどけない寝顔を晒すその少年の傍らに宿儺が腰を下ろすと花を愛でるかのような優しい手付きで目を閉じたままの少年の頬に指の背を這わせた。

それだけでも驚きものだがまだ驚くには少し早かった。

 

「小僧」

 

うっとりするような声音だった。

下手するとそれは愛を囁いているようにも聞こえた。唖然とする五条を目にも掛けず宿儺は頬を撫でていた手を滑らせて寝息を溢す唇にそっと触れてまた甘く呼び掛ける。

宿儺が探していた大事なものは、少年だった。

 

すると宿儺の呼び掛けに応えるかのように少年が小さく身動きして小さく声を漏らす。

 

「ん…」

 

宿儺と五条が見つめる中で少年はゆっくりと、花開くようにその瞳を開かせた。

ゆらりと視線が揺らめいていたがパチリ、とパズルが合わさったように宿儺と目が合い少年は宿儺を認識すると目元を柔らかくさせて笑みを浮かべた。

 

「す、くな…」

 

目覚めたばかりでまだ頭がボンヤリしてるのだろう、幼子のような舌っ足らずなその口調に宿儺はスッと目を細めた。

 

「小僧」

 

のろりと伸ばされる腕を許し、首に回され引き寄せられるがままに宿儺は少年に抱き締められて、そしてもう離さないように強く抱き返した。

 

嬉しそうに笑う少年とその少年を強く抱き締めている呪いの王というその光景に五条は何と思えば良いのか分からなかった。

 

簡単に言うなれば離れ離れになった恋人同士が再び逢えた喜びを分かち合っている光景なのだが、如何せん…少年も宿儺も男だ。

そして同じ姿形だから二卵性の双子の兄弟のようにも見えるがやはり二人の空気がそれだと認めさせない。

少年の腰に手を回す宿儺の腕は、恋人に対する触れ方だ。少年が宿儺に向ける眼差しは、親しみや親愛じゃなく熱が籠っていた。

 

呪いの王がまさか受肉した少年に心を許していたとは思わなかったし思う筈もなかった。

何故なら宿儺にとって人間とはただの玩具としか思ってなかった筈なのだ。それに先ず驚くべき事は少年が宿儺の指を取り入れたにも関わらず生きていて自我を保っていられている事にだ。

幾つの指を取り込んだのかはまだ正確には分からないがこの少年は1000年生まれてこなかった宿儺の器として一級の逸材だ。

 

だから今目の前に繰り広げられているこの光景に五条はただ立ち尽くすしかなかった。

少年の体を完全に乗っ取り自由に動き回るようだったら五条は何も思うこともなく宿儺と相対して祓うつもりだったが、宿儺は完全に復活した訳ではなく少年がいるから動いて居られる。

なら少年を殺せば簡単な話だが少年は自分の意思をちゃんと持っている、ただの器ではない。宿儺を難なく抑え込められるのだ、人間のままで。

 

だからこそ人間のまま殺せる訳がない。

それにここで殺した所で宿儺の指はまだ幾つも存在している。余程の事がない限り一般の人間があれを手にすることも自分の中に取り入れるような事はないだろうけど万が一にもその人間の体で宿儺が受肉したとしたら今度はそう簡単には行かないだろう。

 

普通の人間が宿儺を取り入れたら先ずもってその精神は跡形もなく確実に死ぬ。そして宿儺に体を乗っ取られて破壊の限りを尽くす。見る限り今の宿儺は少年がいるから表だって動いてないようだけどここで少年を殺してしまえば宿儺を抑えられる者が居なくなる。

 

五条は瞬時に結論を出した。

少年はここで殺さないと。

 

宿儺に強く抱き締められて甘えていた少年はそこでやっと、ずっと沈黙していた五条に気付いた。

 

「誰?」

 

はっきりとしたその声音に五条は意識を少年に向けると少年は穢れを知らない真っ直ぐな目で五条を見返していた。

今どき、珍しいと思いながら笑みを向けると少年もニコッと笑みを返してくれた。

 

根の素直な少年のようだ。

表裏のない無邪気なその笑みは暖かく何故か胸の奥に温もりを与えてくれる、そんな笑顔だった。

この子が、宿儺の器。

 

少年を抱き締めていた宿儺が五条と腕の中の少年が何やら見つめ合っているという状況に眉間に皺を寄せた。

 

「…小僧、」

 

あんな者に構うな、と言わんばかりに宿儺が少年の肩をグイッと掴み五条から隠すように己に引き寄せると少年は五条から宿儺へと視線を移し再度問い掛けた。

 

「あの人は?宿儺の友達?」

 

何の一切の疑いもなく、そう言った少年に五条は堪らず思いきり吹き出した。

 

「ぶはッwww」

 

肩を震わせて堪えきれない笑みを溢す五条とは対称的に宿儺はこれまでかっていうくらいに顔をしかめ苦虫を噛み潰したような表情で少年を見下ろしンな訳があるかと低く凄んでみせた。

 

治まらない笑いを堪えもせず肩を震わす五条と気分が害されたとムッツリと口元をへの字にひん曲げた宿儺を見合わせて少年は困ったように首を傾げた。

 

「王である俺と忌々しい呪術師が友などと…オマエの頭の中は本当にお目出度いな」

 

言葉は辛辣なクセに少年に触れるその手は優しく言動がちぐはぐだ。少年は宿儺のその言葉に目を見開き五条に視線を向けた。

 

「あんた、呪術師なんだ!あ、宿儺祓いに来たの…?」

 

初めて呪術師という者に会ったのだろう、キラキラと目を輝かせて宿儺の肩から身を少し乗り出した少年はしかし次の瞬間には呪術師は呪いを祓う者だと思い出してぎゅっと宿儺の頭を抱えて悲しそうな表情をした。

 

大事なモノを取り上げられると危惧するような子供の仕草に心が動かない訳がない。

五条は違うよ、と首を振り軽い口調で少年に笑いかけた。

 

 

「僕は五条悟。呪術高専っていう学校の1年の担当をしてる教師で宿儺から許されてここに居るんだよ。今は祓うつもりないから安心して」

「五条、先生…?俺は虎杖悠仁、よろしく!」

 

キョトンと目を丸くさせて先生…と呟いていた少年、基虎杖悠仁は自分も名乗った。

祓うつもりはないと聞くや否や良かったー!と宿儺の頭から腕を離し安堵の笑みを浮かべる。

 

どうやら宿儺と虎杖は互いに気を許しているように見える。

恐れる事なく呪いの王に触れる虎杖に五条はまたも驚かされる。宿儺もされるがままに触れさせている、その事がただ信じられなかった。

初対面の五条に対してもまるで長年の付き合いがあるかのような砕けた話し方は気に障ることなく、逆にそれが虎杖の人付き合いの良さが窺い知れる。

全身黒ずくめのの190㎝以上の目元を隠した端から見ても遠くから見ても怪しさしかない五条の言うことを信用し疑う事もしない子供にちょっと心配になってしまったが。

 

「うん、よろしくね。一つ聞きたいんだけど良いかな?」

「いいよ!何?」

 

元気よく手を上げながら何でも聞いて!好みの女の子はジェニファー・ローレンスだよ!と聞いてもいない好みのタイプを言う虎杖に笑いながら五条は口を開いた。

 

「君は宿儺の器で間違いないよね?」

 

答えなど分かってはいるが一応とばかりに五条が聞くと虎杖は大きな目をスッと細めて五条を見返した。

一瞬ピリッとした空気が周りを包んだがそれは瞬く間の事で直ぐに消え、答えの代わりに虎杖はニコッと微笑んだ。

 

それが答えだった。

虎杖悠仁は両面宿儺の器で間違いはないようだ。

 

 

 

 

 

**

 

色とりどりの着物のベッドから起き上がり虎杖は不思議そうに周りをキョロキョロと見渡した。

 

「そう言えば俺、何でここにいるの?」

 

この着物も身に覚えがないんだけど。

着物の袖をフリフリ揺らしながら宿儺に似合う?と首を傾げる虎杖に危機感のない奴め、と呆れたように宿儺が息を吐く。

 

「…俺が次の塒を探し傍に居ない時に低級にでも拐かされたのだろう」

「え?!マジ?!あー…でも確かに宿儺の気配を感じたと思ったらなんか意識無くなったかも」

 

そっかー、俺拐われたのか。道理でこんな所知らないわ。と苦笑いを浮かべるのに呆れてモノも言えないのはこの事か、と宿儺は痛くなる頭を片手で抑えた。

 

「フン…度胸のある痴れ者がいたものだ。それに容易く拐かされるオマエも大馬鹿だな小僧」

 

鼻で嗤い虎杖を見返せば虎杖は、あぁ?!と異論の声を上げた。

 

「ひっでぇ言い様!宿儺が俺一人でも大丈夫だって言ったじゃんかよ!」

 

宿儺自分の言った事も忘れたの?と不満な顔を隠さない虎杖は次の瞬間には表情をコロッと変えて、でもさ俺が拐われても宿儺は絶対見付けてくれるんだろ?と疑いもなくニコッと笑う虎杖に宿儺ははぁ~あ、と重く長い溜め息を吐いた。

呆れた表情だったけれど宿儺は虎杖の言うように必ず虎杖を見付けるのだろう。

それを裏付けるようにニコニコと見つめてくる虎杖に否定の言葉を返す事もなく癪だと言うように渋い顔をしつつ宿儺は虎杖の頬を飽く事なく撫でている。

 

五条はそんな宿儺と虎杖のやり取りを眺めて宿儺がどうやら天然記念物の虎杖に振り回されているのを見てとれて心の中で大変だね~と笑っていた。

 

そんな時、パキッと何かを踏み締める音が夜の静寂に大きく響いた。

 

バッと三者が振り返ると入り口の前に大きな黒い塊がうごうごと蠢きながら立っていた。

何かの合体霊なのだろう、複数のハッキリ聞き取れないような声がブツブツ呟いていて塊が動く度に激痛を感じているのか悲鳴に変わっている。

それを頭に認識した途端に異臭が鼻を擽って虎杖は鼻を押さえ顔をしかめた。

 

「何あれ」

 

ズルッズルッと体を引き摺りながら鈍い動きで近付いて来る呪物に宿儺は嫌悪感を隠しもせずに醜いな、と溢す。

 

「俺からオマエを拐かした低級だな」

「へー」

 

全然宿儺の気配しないじゃんか、何で俺あれに気付かず拐われたんだろ?と頻りに怪訝な表情で首を傾げる虎杖をチラリと見やり宿儺は鼻で嗤った。

 

「小僧」

「ん?」

 

呼び掛ける宿儺に顔を向ければ宿儺はクイっと顎を動かして呪物を示した。

 

「動きを止めて来い」

「おう」

 

呪術師、オマエは手を出すなよ。

宿儺がどう動くのか知りたかったから元から動くつもりのない五条に一応釘を刺して宿儺は孟スピードで走り出す虎杖の背中を見た。

 

虎杖が駆けて来るのに先程まで鈍い動きだった呪物が素早く動き出して虎杖の前に迫る。

腕は存在しないのか迫り来る勢いのままに体当たりでもしょうというのか止まらないのに対し、虎杖は脚に力を入れると飛躍して呪物の背後に回る。

 

ひらりと袖が舞い、踊ってるかのように見える程危なげもなく軽やかに着地した虎杖はしかし、美しく見えた動きと打って変わって振り返り様に裏拳で重い打撃を与えた。

虎杖の拳はコンクリートをも破壊出来る打撃だったのだけど呪物の体はグニャリと柔らかくまるで泥のようで手応えがなかった。

 

手応えがないと判断するや否や虎杖は直ぐ様に体を捻って回し蹴りを繰り出せば呪物の体はグラリと傾いて倒れる。

バタンッ!と大きな音を響かせて倒れた途端に呪物の体からブシュッ!と液状の物が吹き出しそれを避けて虎杖は仰け反って勢いよく床に両手を着くとバク転しながら距離を取った。

 

十分な距離を取れば虎杖は身を低くしていつでも駆け出せるように拳を構える。

 

虎杖の身体能力の高さに五条はへー、あの子の動き完璧だね。身体能力が素晴らしくずば抜けてるし僕が受け持つ生徒の中でもピカ一だよ。と溢せばそれを聞いていた宿儺は笑みを浮かべてみせた。

 

それも当然だ、虎杖は呪いの王である宿儺の器だ。そこら辺にいる人間と一緒にして貰っちゃ困る。

 

隣の空気が変わったのを気取り、五条が横を向くと俺の小僧は可愛いだろ?と言わんばかりのドヤ顔した宿儺がいて五条は思わず孫が可愛くて自慢するお爺ちゃんかよ、とツッ込んでしまった。

 

まぁ、生きた年月を数えれば俺は老い耄れだろうがな、小僧のそんなモンに収まる俺ではないわ。と返し宿儺はスッと前に出る。

宿儺と五条が話していた数分の間でいつの間に虎杖は呪物の動き封じていたのか、うごうごともがく呪物の上に乗っかって足止めしていた。

 

前に歩み出た宿儺に視線を向け、虎杖は呪物の上から飛び去った。

 

「フン…わざわざ俺が手を下した事を誇るが良いぞ低級が」 

 

よろりと起き出そうとする呪物の前に立ち、俺のモノを勝手に拐かした罪は重いぞ。

地を這うような重い声音で暗い中でもぞくりと底冷えする紅く光る鋭い眼光が呪物を見下ろす。

虎杖と同じ顔でも宿儺が浮かべる表情は酷薄で冷徹だ。

その身に纏う呪力はまだ全ての指を揃えていないにも関わらず余りにも大き過ぎて呪物はブルブルと震え上がる。

身の程も知らずに持ち去ったモノがどれだけ宿儺にとって大切なものなのか、分かっていなかったが呪物の最後だったのだ。

 

宿儺が無造作に右手の人差し指と中指をクイっと振り払う仕草をすれば震えながらもやっと起き上がった呪物だったのに、何をされたのかも理解する事なく3枚に下ろされ、辺りを血飛沫が派手に舞った。

 

それとコレは返して貰うぞ。

 

肉片が床に落ちる前に呪物の心臓部辺りだったろう肉片を掴み肉を掻き分けて中から真っ黒な血にまみれたモノを取り出した。

用のなくなった肉片を落とすとビチャッと叩き付けられた音と共に床が赤黒く染まり、肉片となった呪物には当に興味が失せていて取り出したモノに視線を下ろせばそれは宿儺の指だった。

 

宿儺の指を取り込んでいながら呪物が弱く呆気なく死滅したのはこの指は気配を消すのに長けていてどちらかというと隠れるのを得意としてるからだ。

だから虎杖は気付く事もなく拐われたのだろう。ただ何本かの指を取り込んでいる虎杖だから僅かに宿儺の気配を感じてはいたみたいだったが防ぐ事までは出来なかったようだ。

 

血にまみれた指をグイグイと服で擦って綺麗にすれば宿儺は顔を上げる。

 

「さて…小僧」

「ん」

 

呪いを死滅させた時と同様に指をクイクイッと曲げて虎杖を呼び寄せた宿儺だったが虎杖が3枚になる事はなかった。

それは愛し子を呼び寄せるだけの合図で心得ている虎杖はトタトタと宿儺の傍へ戻り、口元に寄せられた低級の呪物が取り込んでいた宿儺の指をパクっと躊躇いなく口に入れゴックンと飲み込んで見せた。

 

そのまま宿儺の指に甘く噛み付くと笑いながら宿儺がほれ、それは違うぞ。俺の指はもう食ろうただろ、と嗜める。

 

甘く叱るそれは本気で怒ってる訳じゃないと分かっている虎杖は嬉しそうに、でもこっちの方が温かくて美味しいよ?と紅い目を見つめた。

じゃれ合いの延長戦で二人はくすくす笑いながら身を寄せ合う。

 

 

足元には呪物の肉片が散らばっている状況でそれは端からみれば悲惨な現状なのだが宿儺と虎杖はそんな中で顔を寄せ合って甘い雰囲気を醸し出しているというのはどこか異質に見える五条だ。

宿儺が平気なのは当然の事だろうが普通ならば人間として嫌悪感を抱きそうなものなのに平然としている虎杖は、イカれているのだろう。

だから宿儺の指を、視覚的にも拒絶する人間の指を躊躇なく口に入れられるのだろう。

 

 

一連の流れを傍観してた五条はその場から動かずに二人に声を掛けた。

 

「ね、じゃれ合ってる所で悪いンだけど指を集めて何をする気なの?」

 

つい流れで黙って見ちゃってたけど、本当なら指は僕が回収しないといけないんだよね?

と軽い調子で言う五条は本当に呪術師なのだろうか、厳重保管に値する特級呪物を一ミリも回収しょうとする動きはなかった。

 

問い掛けられた二人は身を寄せ合ったまま五条を振り返る。

同じ顔の異なる四つの目が自分に注がれるのにちょっと面白いね、と思っていれば宿儺の肩にコトリ、と頭を凭れさせて虎杖が口を開いた。

 

「二人で消えること」

 

それは一体どういう意味で?

五条は一瞬静止して2秒の間に色々頭の中に巡らせて考えてみたが結果が分からず結局訊ねる事にした。

 

「消える…もしかして死ぬ気?」

 

指を集めて呪いに寄る世界降伏を企んでるかと思ってたが虎杖の人の良さを思えばそんな事を許す筈もなかった。

 

「ん?んーまぁ、そうなのかな?宿儺の指を全部集めて宿儺の力が戻ったら二人だけの場所に行くんだ。宿儺ならそれが出来るから」

 

消えるという事は存在自体を消す、すなわち死と同じだ。

虎杖はまぁ、死ぬって感じなのかな?と死に対しての恐れも抵抗もなく笑って見せた。

 

でも今は宿儺の力は散り散りになってるから今は出来ない、だから指を集めてるの。

 

「そっか。宿儺はそれで納得したんだ?」 

 

どういう経緯で虎杖が宿儺の器となり、宿儺から愛される事となったかは知らないけれど虎杖は誰の協力も得ずに人知れず宿儺の指を集めて、人知れずに宿儺と心中して死ぬつもりだったのだろう。

 

それはまだ10代の虎杖には余りにも寂しい最期だ。

人一倍正義感の強い虎杖が特級呪物の宿儺が消えれば無惨に殺される人が少しでもなくなればと、思ったのだろうが呪いの王は本当にそれで納得出来たのか、五条は不思議に思えた。

 

「俺は長く生きた。今更この世を血の海に変えた所で面白くも何ともない、当に飽きた」

 

ならば後生は小僧と二人で隠居暮らしでもするさ、なればこそ生前のような力が居る、だから指を集める。

 

己の肩に凭れる虎杖の頭をゆるりと撫でて憮然と宿儺は五条の問い掛けに答えた。

強過ぎる力は時に面倒な物で、敵う者も居なくなればつまらないものだぞ、と呪術師最強の五条にも痛い程身に覚えのある経験を宿儺は口にした。

昔の呪術師や人達からすれば飽きたの一言で済まされるなんて堪ったものじゃないが今の世には逆に飽きてくれてありがとう、って喜ぶしかない。

 

 

 

***

 

宿儺と虎杖が指を集めていた理由は理解した。

虎杖が傍にいる限り、宿儺が世に混乱を招く事もないだろう事も知った。

ならば五条がやるべき事は一つだけだ、と五条は二人に微笑み掛けながら持ち掛けた。

 

「ね、呪術高専に来る気はない?基礎から呪力の使い方を教えてあげる」

「え?」

「…呪術師…」

 

険しい顔を向ける宿儺に五条はまぁまぁ、聞いてよと宿儺に笑いかける。

 

「そう睨むなよ宿儺。だってその子、素の力は大抵の人間よりかは強いけど呪い相手では弱いでしょ」

 

さっきの動きだけで直ぐに見抜いたらしい五条に宿儺は口を閉じる。

虎杖は人間離れした素晴らしい身体能力を持っているけど、それは人間相手だった場合の話だ。

元々呪力のない人間だったから宿儺の指を取り込んで体に宿儺の呪力が僅かに流れているが呪力の使い方を理解していないから扱えておらず呪いを祓えない。

だから宿儺が止めを刺した。

 

「………」

「何もその子を囲って宿儺を祓おうとしてる訳じゃないよ?僕にもその子の夢を叶える手伝いをさせて欲しいだけ。それに今回のように宿儺の力に惹かれて連れ去られてしまうかもしれないじゃない、その時の対応とかも教えたいし」

「…して、そんな面倒事を抱え込んでオマエに何の得があるのだ呪術師」

 

此方に得があれどそちらには損しかないのでは?力を貸すつもりは一つもないぞと訝しげに五条を睨み付ける宿儺に顎に指を当てながら答える。

 

「んー、強いて言えば可愛い教え子が増える事と、その子と宿儺が居る事でこれからは簡単に指が見つけられて呪いに寄る被害が多少は収まる、事かな。どー?」

 

大丈夫安心して、屋根付きベッド付きの3食ありのちゃんとした所に部屋も用意するしやってくれるのであれば呪いを祓う任務にはちゃんと給料も支給されるよ。と前半の条件以外は虎杖と宿儺にとってはとても高条件を付け足した。

 

「宿儺…」

「…好きにすると良い」

 

どうしょう、と宿儺に顔を向けた虎杖に宿儺は己は平気でも確かに生身の虎杖に何時までも野宿はさせられんし食べるに移動するにも金はいると分かっていたから強く拒否はしないが己じゃなく虎杖に選ばせる為にそっけなく返した。

そっけない返しだったが虎杖にはそれが五条に着いて行くのに悪い事はないと暗に含まれていると心得て決心する。

本当に駄目だった場合は宿儺は虎杖に選ばせる事もしないのだ。

 

「え、と…うん、五条先生に着いてく。ぶっちゃけ言うとこれから寒くなる時期に宿無しは辛かったからちゃんとした所で眠りたい!」

 

宿儺がいるから余り寒くはなかったけど二人で柔らかいベッドに眠りたいもんね、と横にいる宿儺に顔を向けると五条はえ?と声を溢した。

今とんでもない衝撃的な事を聞いた気がする。

 

「…宿儺と一緒に寝てるの?」

「うん?俺体温高いから凄く温かいんだって!」

 

首を傾げて宿儺が言うには子供体温だって!だから二人でくっ付けば全然寒くないんだぜ?と男二人が一緒に寝てる事自体に疑問に思ってなく誇らしそうに胸を張る虎杖に五条はふーん。と短く相槌を返すと両手を広げた。

 

「僕も試してみていい?」

 

ここ暗いからちょっと僕寒いんだよね?とへらりと宣う五条に虎杖はへっ?とすっとんきょうな声を上げる傍ら、宿儺は青筋を浮かべて虎杖を五条から避けるように背に庇った。

瞳孔を開きゴミを見るような視線で五条を睨み付ける。

 

「オイ呪術師。殺されたいか」

 

今にも喉元を噛み千切られそうな重々しい宿儺の雰囲気にも五条はケロッと平然としており、加えてブーブーと口を尖らせてみせた。

可愛い子と毎晩添い寝だなんて、羨ましくズルいではないか!と異議を唱える。

 

「良いじゃん、減るもんじゃないでしょ」

「…忌々しい呪術師がそんなに死にたいなら今ここで息の根を止めてやろう」

「宿儺ってケチだね」

 

狭量な男は嫌われるよー?とからかえば宿儺はハッ!と鼻で嗤った。

 

「喧しい。これは俺だけのモノだ」

 

バチバチと宿儺と五条の間に火花が散り、端から見ても重苦しい空気なのだが仲良しだねー!って二人を見て笑う虎杖。

二人は揃って仲良くはないよ?仲良くない!!とハモりながら虎杖を振り返るものだから、虎杖はケラケラと楽しそうに笑うのだった。

 

いがみ合っていた宿儺と五条は虎杖のその笑顔に険悪な雰囲気を持続出来ず仕方なさそうに溜め息を吐いたり、肩を竦めてみせた。

 

「ま、取り合えず呪術高専に歓迎するよ!」

 

 

END

 

 

 

 

書きたい所だけを書いたから色々補足か必要な所があるかもですけど、何となく読んで頂ければ幸いです^^;

 

後日、挿絵が多分入ります。