◆九狐の来訪(高土)
(※【蛟の守り神】の続きです)
やっぱりか。
土方は重い体を引き摺って帰宅を急いだ。
銀魂高校に通う普通の高校3年生である土方十四郎はやたらと憑かれやすかった。
以前、あり得ない数のモノに憑かれてしまい家の裏の神社で蛟の神様を祀っている昔から通っていた社に寄った所をそこの主である高杉が余りにも引き連れていた土方に乗っかっているモノを祓ってやった時から土方は頻繁にその神社に通うようになった。
普通の高校生は憑かれないのだがそこを除けば土方は本当にただマヨネーズが好きな男子高生なのだ。
今日も学校からの帰り道にどっしりと肩が重くなり憑かれてしまったと確信して震えた。
一体どんなモノが肩に乗っているのか想像するのも恐ろしくて後ろを振り返れないでいる土方だ。
何故こんなにも憑かれやすいのか疑問になるのだが高杉曰く、そういう体質で土方に心の拠り所を求めているのだと。
だからって視える訳じゃないから拠り所を求められても困るンだが…。というのが土方の意見だ。
憑かれて困るのは肩が重くなる事だけだが好かれやすい体質だからどこを歩くにしても引き連れてしまう。
それが巡りめぐっていつか悪いモノも連れてしまえば体調が更に悪くなり、周りにまで悪影響を及ぼしかねないと高杉に説明されてそういうモノが恐いものなのだと改めさせられて視えなくて良かったと心底思ったものだ。
高杉は神様だから自分の意思で姿を視せる事も出来るみたいだから神様というものは本当に万能だなと感心したのは記憶に真新しい。
肩に憑いているであろうモノを高杉に祓って貰おうと家に帰る前に神社の裏に赴くといつもなら社の方の階段辺りに座っている高杉が見当たらなくて土方はあれ?と首を傾げた。
「…寝てンのか?」
橋を渡って社に近付くがどこにも高杉の姿がない。
まだ社の中なのかな、と社の中に向かって呼び掛けようとした所で社の裏手からバシャッと水の跳ねる音がしたと思ったら高杉の呼ぶ声がした。
「ここだ、十四郎」
声のする方へ足を動かして移動するとそよ風に紫紺の髪を靡かせながら高杉が尾びれを池に下ろして座っていた。
膝に白い毛玉を乗せて。
「?……晋助、何だその毛玉…」
モフモフとした白い毛玉が気になって土方の視線は下に向く。
高杉の元へ近付き、隣に腰を下ろすとその白い毛玉がもぞりと動いた。
「え、生きてンのかそれ?!」
毛布かやたらとモフモフした毛糸玉と思っていた土方が動いた毛玉を見て高杉にひしっと抱き付いた。
それに高杉が笑いながらこんなモン危険でもなんでもねェから大丈夫だと背中を撫でる。
撫でるついでに肩に憑いていた残りカスを祓ってやった。(高杉の社は神聖な結界で守られてる為、高杉の領域に入った瞬間に憑いていたモノは五体満足で無事では済まされないので高杉に近寄った時点で既に半分消えているのだ。)
「こんなモンってお前失礼な奴…」
もぞりと動き、高杉の膝に乗っていた毛玉の中から顔らしきものが出て来て高杉と土方の方を向き紅い眼が覗いた。
さっきは丸まっていたから毛玉に見えたが体を伸ばして全体図が現れるとその姿は狐の獣だった。尻尾が九尾もあるのだけれど。
てか…喋ったぁぁぁあ!!!!!?
「こ、コイツ喋ったぞ?!!!」
「あのね、生きてるンだからそら喋るだろーが」
いや獣は普通喋らねぇから。
もっともな事を言いながら毛玉を警戒してるとその毛玉は呆れたような溜め息を吐くと高杉の膝から降りた。
「ったく…ギャーギャーうるせぇなぁ…発情期かよ」
大きな口を開けながら欠伸をする毛玉はそのまま跳び跳ねて空中で一回転する。
え?と土方が驚いてるとドロン!と周り一帯が煙で見えなくなるとその中から一人の男が立っていた。
白の着物と中に黒のインナーを身に纏ったあちこち跳ねてる銀色の髪色の持つ男の頭の横には銀と書かれた狐のお面があり、その後ろには大きな九本の尾が揺らめいていた。
いきなり現れた死んだような魚の目をしている男を見上げて土方は声もなく驚く。
そんな土方を怠そうに頭をポリポリ掻きながら見下ろすと何かに気付きパチクリと目を見開いた。
「あれ?この子って高杉、噂のお前の愛し子じゃん」
…愛し子?
キョトンと噂って?と首を傾げる土方だったが高杉はそれがどうした、と否定しなかった。
高杉にとって土方はこの世で一番大切にしたい唯一の人間だから愛し子で間違いない。
「ははーん…道理でここ最近ひどく付き合い悪ィ筈だわ。愛し子が変なモンに好かれやすかったら気軽に留守に出来ねーわな?」
ニヤニヤ笑いながら銀色の尻尾で高杉の頬をうりうりとつつく男の尻尾を高杉は邪魔そうにべしっと叩いた。
「るせェよ銀時。理由なら分かったろ、ヅラ達にはてめェから言っとけ」
狐のお面の男、銀時を睨み付けて高杉はフイ、と顔を反らした。
ツンケンとした態度の高杉だけど二人は仲が良さそうだ。高杉はいつも一人でいるから自分と会話してる時の雰囲気しか知らなかった。
けれど銀時という男と話す高杉は年相応というか親しい間柄なのか落ち着いていた。いつもと違った雰囲気の高杉を見て土方は新鮮な気持ちになる。
高杉と銀時の顔を交互に見てたら高杉があぁ、そう言えば…と土方の頬を撫でた。
「十四郎。コイツは九狐の銀時だ」
「九狐…?コイツ神様じゃなくて妖怪なのか」
中国の妖怪だって聞いた事がある。と高杉に言うと銀時が確かに妖怪だけど本当なら高杉も蛟という毒を撒き散らす妖怪なんだぜ?なのに人間に崇められて神の枠に進出しやがって。と続けた。
「ふ、好きで神に進出した訳じゃねェよ」
ぼやく銀時の言葉に高杉は目を閉じて小さく笑った。
知ってるよ。面倒くさそうに銀時は溜め息を吐き、急に空気が重々しくなって高杉にくっついたままどうしたら良いか分かんなくて固まる土方を見下ろしこの空気を壊すかのようにやる気のない声で自己紹介をした。
「どうも~。九狐の坂田銀時でーす。そこの眼帯野郎とは昔からの腐れ縁です~」
「…土方十四郎だ」
「え?大串くん?瞳孔開き過ぎじゃない?その年でもうニコ中とか将来苦労するよ?」
「生まれつきだわ!死ねこのクソ天パ!!」
名乗ったにも関わらず間違えてるし初対面でいきなりなんて失礼な奴なんだ!と土方は声を張り上げた。
銀時も髪の事を若干気にしてたのか天パと言われてはぁぁぁ?!サラサラヘアーだからって調子乗ってンじゃねェぞコノヤロー!!!と二人はバチバチと火花を散らして睨み合った。
小学生並みのレベルの低い喧嘩に高杉は呆れて落ち着けやてめェら、と煙管から口を離し火花を散らす二人の間にフゥー…と紫煙を吹き掛けて注意を反らした。
「くだらねェ喧嘩してンじゃねェよ」
天パのどこがくだらないんだ?!!お前ボンボンでサラサラヘアーで調子乗ってるかもだけど低杉くんなのは変わらないからなっ?!!と矛先を高杉に変えるが高杉ははいはい、と適当にあしらう。
もう何度目かも知れないこのやり取りに頭に来たのはもう昔の話だ。慣れたもんで高杉は天パを気にする銀時をスルーする。
「はぁ…まぁいいや。取り合えずヅラや辰馬は兎も角、神威の所にはたまに行ってやれよ」
土方の肩を抱いてさっきからその頭を撫でてる高杉が聞いてないと気付くと銀時はガックリと項垂れて諦めた。
それと、 と続いて出た名前に高杉は片眉を上げて銀時を見る。
「あのガキがどうした」
「お前に会えなくて暇だって暴れるンだよ。神楽も兄貴が構ってくれないって拗ねるしで大変なんだから早めに何とかしろ」
何だその理由は。ガキじゃあるまいし。
高杉は呆れてものも言えないようだった。土方もそう思っているのか呆れた顔で銀時を見ている。
しかしどうやら孤独を好んでいると思っていた高杉は、かなり好かれているみたいだと土方は分かった。
何の用でここに来たのかは分からないが銀時は高杉に他の仲間の元へ顔を見せに来て欲しいと先程言っていた。それもその他の仲間が高杉が元気にやっているのか気になっているらしいと察する。
それに銀時も憎まれ口を叩いてるように見えたが土方が来る前から高杉の膝に眠っていたから言わずとも高杉の事を好いているのだろう。
素っ気ない態度だけれど高杉も銀時を蔑ろにしてはいなかったし膝に眠る獣姿の銀時を見下ろす表情は柔らかかった気がする。
土方は高杉の膝に眠る銀時を思い出して急に胸の辺りがモヤモヤして気持ち悪くなった。
眉間にシワを寄せると目付きが鋭くなって高杉を心配させた。
「あ~…そろそろ俺行くわ。恋路の邪魔して馬に蹴られたかねーし、邪魔者はさっさと退散しますよ~っと」
寸時に土方の抱いてるものに気付いた銀時は気を使い踵を返す。
その背中に高杉はただ一言アイツらによろしく言っとけ、と掛けると銀時は背を向けたままひらりと手を振り、獣の姿になって空を駆ける。
高杉が入れ込んでるだけかと思ったら向こうの方も相当じゃねェか…。
小さく笑って銀時はそのまま遠くへ消えた。
***
「何だったんだアイツ…」
いきなり意味不明な事を言って帰って行った銀時を変な奴だと思いながら高杉を見返ると高杉は土方をじぃ~っと見つめていた。
碧の目に見つめられてドキリと胸が大きく高鳴るのに土方が頬を染めて不思議がっていると高杉が土方の頭を撫でいた手を滑らせて頬に指先を添え輪郭に沿って撫でる。
くすぐったくて身を捩りながらも逃げ出さずクスクス楽しそうに笑う土方に高杉の口元にも笑みが浮かぶ。
「…お前って奴ァ本当可愛いよなァ」
「晋助って目ェ悪いンじゃねぇの?」
こんな目付きの悪い男が可愛いってそらねぇよ、と高杉を可笑しそうに見返す土方だが高杉は甘い眼差しで何言ってやがる。俺にとって十四郎、お前が一番可愛いンだよ。と頬を撫でていた手を引き寄せて顔を寄せるとそのまま土方の目元に唇を落とした。
いつだったか、具合が悪くなって新鮮な空気と生気を与える為に高杉が土方の顔中に唇を落とした時から高杉はよく土方の頬や額に唇を落とした。
抱き締められたりスキンシップも多いが土方は嫌な気持ちになった事はなく、照れたりする事はあるが高杉と触れ合う事に抵抗はなかったから高杉から頬にキスされたりするのに直ぐに慣れた。
今日も高杉が触れてくると心がポカポカして何故か心地が良い。自分から高杉の手にすり寄ると高杉の目がスッと細まる。
その表情が好きで土方の表情は嬉しそうに綻ぶのを高杉は今直ぐにでも喰らい付きたくなるのを我慢するのに苦労した。
十四郎が愛しくて仕方ない。
愛しいこの気持ちが余りにも甘く切なくて高杉の表情は優艶になる。 ふわりと柔らかい風が二人を包み、髪を揺らして顔に影を作る。
土方が笑みを浮かべて高杉を見つめると高杉は土方の肩を抱き羽織の中へと誘って体が冷えないように抱き締める。
されるがままに土方は身を委ねて幸せそうに目を閉じた。
まだ土方は己の想いに気付いてないのだけれど、それもまた時間の問題だろう。
END