mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆初ムク

 

−弐話−

 

 

 


ほんの少し眠っただけだが、子供は直ぐに目を覚ました。
着替えを用意させてたⅠ世が自室に戻ると子供が身体を起しているのに気付いて直ぐに近寄る。

 

「起きたのか、まだ疲れてるだろうから寝てて良かったんだぞ」

 

子供の横に座り頭を優しく撫でれば子供は視線をⅠ世に向ける。
その目は真っ直ぐにⅠ世を見つめ、Ⅰ世すは子供の目が澄んでいる事に驚いた。

あの屋敷では部屋が暗くよく見てなかったが明るい自室では子供の澄んだ瞳の色がよく分かる。
親に利用されていたとしても子供の目は死んでおらず、凛としていた。

 

「…僕は何の為に連れてこられたのですか」
「!」

 

ハッキリとした声で子供が初めて声を発した。
思わずⅠ世は目を見開いたが直ぐに笑って返事を返す。

 

「ここはあさり組の屋敷。俺は既に引退した身だがここの当主でもある沢田家康だ。けど、ジョットが本名なんだ」

 

初めに名を名乗れば子供は首を傾げた。

 

「…貴方は、ぷりーもと呼ばれてましたけど」
「ふふ、それは記号みたいなものだよ。あさり組を創設したのは俺だからな。皆俺をⅠ世と呼ぶ」

 

何の問題もなく言葉を交わせることにⅠ世はホッとする。
酷い扱いを受けただろうにまるで何もなかったかのような至って普通に見える子供に、その強い精神力に驚かされるばかりだ。

 

「あぁ…被験番号みたいなものですか」

 

一瞬、Ⅰ世は固まってしまった。
平然と答えた子供を凝視してしまう。至って普通な訳がなかった。

 

「…それは、ちょっと違う。皆が俺をⅠ世と呼ぶ時は親しみを込めて呼んでいるんだ。被験番号だと親しみはない、そこには何の感情もないからだ」

 

子供の言葉をやんわりと否定しⅠ世は小さな手を包んだ。
今度は怯えず子供はⅠ世を見上げる。

 

「だから俺はお前の名前が知りたい。教えてくれるか?」
「…骸」

 

ぽつりと、小さな声で子供は返した。
小さくて聞き逃してしまう程だったがⅠ世はちゃんと拾い上げた。

 

「骸?それがお前の名前か…」

 

骸。

その名の意味を知らないⅠ世ではない。
だけど、たった一つの子供の名前を否定出来る訳がない。
Ⅰ世は子供、骸を見下ろしその名を大切に呼んで口にした。

 

「骸」
「…はい、六道骸です」

 

余り呼ばれ慣れてないのだろう、居心地悪そうに骸は視線を逸らしてしまった。

大人みたいにどこか達観した雰囲気をしてるかと思えば、子供らしからぬ表情を見せる骸にⅠ世は今まで
どんな扱いを受けていたのか窺い知る。
子供…いや、先ず人間という見方で接して貰えなかったのだろう。

 

思う所は多々あったが、起きてしまった事を今更考えても仕方ない 。
Ⅰ世は思考を切り替えて手に持っていた骸の為の着替え、浴衣を広 げて骸に見せた。

 

「今の服は少し汚れているから詳しい話の前にお風呂に入って着替えよう。浴衣でも大丈夫か?」

 

紫色の浴衣に蓮の花が散りばめられた柄を見て骸は頷いた。
骸が頷けばⅠ世はここに来る時と同様に手を伸ばすとひょいっと軽々と骸を抱き上げた。

人の温もりに接してなかった骸は困ったような表 情をする。

 

「…僕は、一人で歩けます」
「家の中は案外広い。自分で歩くよりも俺に抱えられて移動した方が楽だぞ」

 

遠慮なく俺を使ってくれ、と組の当主にあるまじき発言をするⅠ世。
幼いながらも組織の序列を理解している骸もそれはダメだと思いますけど…と内心思うが歩き出したⅠ世に口に出来なかった。

抱き上げられた事がない骸は手をどこに置けばいいのか分からず身体の横にぶら下げていたのだけどⅠ世が落ちないように手は首に回すんだと教えれば骸は手を回す…?と吃驚に目を開く。

 

戸惑う骸に一回立ち止まって、手を伸ばして良いんだと伝える。
急かさずに見守っていると手を回さない限りここでずっと待ってる だろう事を予想してしまい数秒くらい逡巡したのち、おずおずと骸は手を伸ばしてⅠ世の首元に腕を回した。

 

「うん、これで落ちる心配はないだろう?」 

 

微笑むⅠ世に骸は返す言葉がなかった。
抱き上げられた事がないから安全も危険も理解出来ない。
だけど、Ⅰ世がそう言うのならそうなのだろう。
骸は小さく頷くだけだった。

 

こんな風に優しくされた事はない。
訳が分からなくてどんな意図があるのか、罠なのかどうかも判断出来ない骸は顔に出さないが少なからず不安を覚えていたけど何故かⅠ世の 微笑む顔を
見ると大丈夫なのだと思えてしまう。

 

浴室に着くとⅠ世は骸を下ろしてお湯の出し方とかを軽く教える。
本当なら誰か女性に任せたいが生憎と女性の部下や知り合いが運悪く今は出張らってていないのだ。

 

「一人で大丈夫か…?」
「…大丈夫です」

 

口に出さなかったが「一人で歩けない子供じゃありません」と骸の表情が物語っていた。

それに気付いてるⅠ世だけど骸が思ってるよりも骸 の身体は瘦せて弱っているのだ。
何かの拍子で倒れてしまいそうでⅠ世は心配するが過度な心配は骸を傷つかねない。

 

「扉の前で待ってるからゆっくりと入っておいで。分からない事があれば声を掛けて良いから」

 

浴室の中へと背中を押せば骸は従った。
暫くすると水の流れる音がして問題なくシャワーを浴びてるようだ。

取り敢えず何かあった時に早く対処出来るようにⅠ世は扉に背を預けて待つ。
すると向こう側から気配を感じるとGがⅠ世の所まで来た。どうやら後始末の指示出しが終わったらしい。


「G」
「Ⅰ世。あのガキは?」
「お風呂に入ってるよ。俺は門番だ」

 

Gは顔をしかめた。
組の当主が何が門番だ、とでも言うようにGはⅠ世を見返す。
しかしⅠ世は至って真面目なようで可笑しな事でも言ったか?と不思議そうに首を傾げる。

 

こういう奴だった…とGは最早諦めた。
早々に切り替えたGは要件を伝える。

 

エスネの件だが…まだ詳しい事は分からねぇ。だが残党も居ないようだし子供が被害を受ける心配はない。生き残りあのガキだけだ 」
「そうか…報告ありがとう。更に被害が出る前に見付けて良かったよ、骸の事も万が一の場合の時に追われる心配はないな」
「骸?」

 

初めて聞く名前にGが反応する。
まだ言ってなかったとⅠ世も頷いて骸と会話した事を教えた。

 

六道骸。それがあの子の名前なんだそうだ。幼いのに強い精神力を持っている子だったよ」
「喋れたのか…あんな所に居たにも関わらず凄いな」

 

あぁ、俺も初めて声を聞いた時は驚いたよ。とⅠ世は笑みを浮かべる。
感嘆する二人だったけど、直ぐに会話が途切れる。

Gがぽつりと零す。

 

「六道、骸か…六道輪廻の事だろうな」
「そうだろうな…骸といのも、死に輪廻転生を意味をする。エストラが実験していたのは輪廻転生の事に関することなのかもしれん」
「だとしてもアイツはもう居ねぇ。あの長屋の始末も指示したしもうその研究が世に出る事はねぇから安心しろ」

 

実験の内容がどうであれ、もうその研究を統率する者はいない。
子供が犠牲になることをあさり組は見過さないし許さない。そうだろう?とGがⅠ世の意思を確認すれば、Ⅰ世は頷いた。

 

Ⅰ世が真剣な表情で頷けばGはふっと笑みを浮かべる。
弱い者の味方であれ、そんな思想を掲げて出来たのがあさり組だ。
その意思はⅠ世が一番強い。だからたくさんの人間がⅠ世の下に就きたいと後を絶たない。

もう引退したのにな…。

 

報告だけ言いに来た、とGは仕事に戻るのに背を向けて行ってしまった。
その背を見送ったⅠ世はまた壁に背を預けようとした所に丁度浴室の扉が内側から軽くノックされた。

 

「骸?浴び終わったのか」

 

声を掛けると返事が返ってきた。
中に入って良いか聞くと是と返り、扉を開けて中に入ったⅠ世は骸がバスタオルに包まれたままの姿なのに目を瞬かせる。

そして浴衣の着方が分からないのだと直ぐに察した。

 

「少しはさっぱりしただろ。おいで、浴衣を着せてあげよう」

 

手招くと骸は自分の為に用意された浴衣を腕に抱えながらⅠ世の所まで行った。
浴衣を受け取り広げて骸の背後に回ると腕から袖を通させる。

そのまま前に移動し、前を合わせると骸にバスタオルを外すように言えば骸は紐を通す穴から器用に手を入れてタオルを落として外した。

Ⅰ世はタオルを横に除けてあっという間に浴衣を着付ける。普段着が和装だから浴衣や着物の着付けは生活の一部となっており、構図さえ分かれば女性の着付けも出来る。

 

今回は浴衣で骸は子供だから帯は柔らかい布製のもので軽く結んだだけのものだ。

 

「終わったぞ。良く似合っている」

「ありがとうございます…」

 

浴衣に身を包んだ己を見下ろして珍しそうに目を瞬かせる骸にⅠ世 は微笑む。
腕を軽く上げて袖を揺らす姿は年相応で微笑ましい。
興味を持ってる所に水を差すようで申し訳なく思うがⅠ世はしゃが んだまま骸に手を伸ばす。

 

「おいで骸。湯冷めする前に部屋に戻ろう」
「…一人で、」
「駄目だ、おいで」

 

一人で歩けます、と首を左右に振り断ろうとした骸を遮ってⅠ世は 手を伸ばしたまま待つ。
遮られて骸は困惑した表情を見せる。


何故そこまで抱き上げようとするのか分からなかった。
歩けない子供じゃあるまいし一体何だと言うのか。

Ⅰ世の行動が理 解できず不可解な事に骸は黙ってしまい動けなくなる。
骸は親に愛情を注いで貰えなかったから知らないだけで、ただⅠ世 は骸を甘やかしてるだけだ。

 

「…嫌か?」

 

Ⅰ世が微動だにしない骸に眉を下げて寂しそうにした。
何でそんな悲しそうにするのか分からなかった骸だけど、Ⅰ世に抱 き上げられるのは嫌ではない事はハッキリしていたから戸惑いつつ もⅠ世の腕の中に自ら飛び込んだ。

 

「…いや、とかではないです…」

 

さっき教えられたようにⅠ世の首に腕を回して骸はポツリと零した 。
頑張って行動に移し、拒否してる訳ではないと意思表示を示す骸に Ⅰ世は参ってしまう。
会って数時間だけど既に愛おしくて仕方なかった。

 

「そうか…ありがとう骸」

 

感謝されるような事は何もないですけど…?と首を傾げた骸はそれ でもただ頷いた。
Ⅰ世は骸を左腕に座らせすくい上げるように持ち上げれば肩と首元 に腕を回して骸は安定する姿勢を取った。
まだちょっと恐る恐るっていう感じではあったが自ら安定な姿勢を 取るのに慣れて来たかな?と思うⅠ世。

 

「お腹は空いてないか?」
「大丈夫です…」

 

俺に遠慮してないか?と抱き上げてる事で視線が近くなった骸のオ ッドアイを見つめれば余り食べないんです、 と遠慮してる訳じゃないと骸は返す。
こんなに軽いのに食べないのは身体に悪い、本当に倒れてしまうぞ とⅠ世は心配する。

 

戻る道すがら骸が食べられる軽いものを部下に頼んでから自室に着 く。
寝室の隣にある広間に骸を下ろしローテーブルの前にある座椅子に 座るよう言えば骸はちょこんと腰を下ろした。
そしてⅠ世は向かい側にある座布団を引っ張り骸の隣に座った。
骸がⅠ世を見上げるとⅠ世はニコリと微笑む。

 

「それでは今後の話をしょうか」
「…はい」

 

本当ならGも同席させるつもりだったが骸の事を考えてⅠ世は断っ た。
どうやら骸は人と接するのが苦手らしく避けるのだ。骸の為に食事 を頼んだ際も部下が近付いた瞬間に顔を背けた。
人が怖い訳ではないようだが好奇心のある視線が嫌いみたいだ。
二人だけの広間でⅠ世は骸と向き合う。

 

「俺は骸を引取りたいと思っててな…既に手続きをお願いしてある 」
「僕を、ですか…」
「あぁ、一緒に暮らそう骸」


Ⅰ世は真っ直ぐ骸を見つめて話した。
骸はⅠ世の自分を見つめる優しい眼差しからそっと視線を反らす。

 

理解が出来ないーーー…。 

 

理解出来ないもの程、恐ろしいものない。
両親と呼べる者が何故あんな狂気的な事をしたのかは許されないが 理解は出来た。


人は脆い。何かに縋っていないと一人では立ち上がれない者が殆どだ。
両親は死に怯え、死後人間はどこへ逝ってしまうのか知りたがった。

 

天国というものが存在するなら良い。
だけど地獄という場所が本当に存在するのなら殆どの人間はいずれ 地獄に落ちる。
生まれて死ぬまで一つも罪を犯さない人間はごく一部だけだ。


両親は天国じゃなく間違いなく地獄の炎に焼かれる。

それを分かっ ている両親は地獄の炎に焼かれるのに怯えて地獄への切符をどうにか無効にしょうと 子供を使い、実験を繰り返し行い地獄の存在を確実にするのと同時に地獄を覗いた子 供を生贄に地獄逝きを帳消しにしょうとしていた。

 

ただの人間が地獄を覗ける訳もなく度重なる実験で子供たちは次か ら次へと死んで逝った。
骸も地獄を覗かせる為だけに産まれた子だった。
知識を与えられても愛情を与えられず、本当なら既に病んでしまっ ていても可笑しくなかったが骸は聡かった。

だから心の弱い人間はこうやって縋るし かないのだと理解して、ただ繰り返される実験を受け入れた。
エスネの人間は骸や他の子供たちをモルモットのように扱った。


逃げ出す子もいたが直ぐに捕まり立て続けに実験台にされそのまま 息絶える、そんな残虐な行為の中で育ってしまった骸は優しさなど、知らなかった。

 

柔らかい笑顔を向けられた事もなかった。
だから自分に微笑み掛けるⅠ世が本当は恐ろしいものだった。

エスネの人間も笑みを浮かべていたがそれは狂気的で何をどう考え ているのか骸には分かっていた。
我と欲望に満ちた笑顔の裏は酷く醜くて醜悪な臭いがこびりつく。


逆にそっちの方が単純で分かりやすかった。

青い目をえぐり取られ て代わりに埋め込まれた「六」の文字が浮かぶ紅い眼になってから色んなものがこの 目には見えた。


人間の悪の部分である欲や感情が見えるようになってしまったのだ 。

こんな目になってしまってから両親やその部下たちの悪に満ちた感 情を見る度に嫌悪感で吐きそうだった。

こんな両親の間に産まれてしまった自分が気 持ち悪かった。
骸は、両親があさり組に裁かれて当然だと…そう思っていた。

 

後は自分を警察なり施設になどに放り込むかと思えばまさか引き取 る話になった事に骸は驚く。
こんな醜悪な血が流れる自分を好んで引き取ろうとするなんてⅠ世 の頭は思っていたよりもどこか可笑しいのかもしれない。

それかただのお人好し…そうに違いないだろう。

 

「……」
「骸」

 

何も言わなくなった骸にⅠ世は呼びかける。
そして俯く骸の肩を抱くと小さな体をそのまま引き寄せた。

 

「…お前に誰の血が流れようと俺には関係ない。ただお前にここに 居て欲しい」

 

驚いて固まる骸を膝に乗せて後ろから包むように抱き締めると幼い 骸の体はすっぽりとⅠ世の腕の中に収まった。
固まる骸だったけどⅠ世の言葉にバッと顔を上げてⅠ世を仰ぐ。

 

「……何故、」
「ふふ…俺には超直感がある。なんとなく分かるよ」

 

だから骸が気にしてる事も、分かる。
分かっているからこそ、そんな事は俺には何の問題もないし気にし なくて良い。


ただここで、一緒に暮らそう。

そうⅠ世は骸を抱き締めたまま伝える。