◆五悠♀(宿儺が悠仁の子供の続き)
※書きたい所だけ。
東京から遠く離れた宮城での出張を終えて五条は急ぎで家へと帰った。
以前ならばどこか寄り道したり家へと戻らずこのまま高専へと足を運んでいたのだけれど、今はもう帰る理由が出来た。
ゆったり歩いていた足は焦ったように早足になってまだ玄関は先だというのにポケットから鍵を取り出し直ぐに差し込めるように準備する。
エレベーターを降りて視線を燻らすと玄関が見えて知らず知らず口元に笑みが広がった。
浮き立つように鍵を差し込んで回し、扉を開けると殺風景で何も置いてなかった無機質な匂いばかりが広がっていた部屋だったのと打って変わって今は生活感のある暖かい匂いと空気が五条を迎えた。
「ただいまー!」
「悟さんおかえりなさいー!!!」
玄関先には悠仁が、満面の笑みで出迎えてくれた。
*
「悠仁ただいま〜!」
疲れたという思いも吹き飛ばすような笑顔に五条は嬉しそうに虎杖を抱き締めた。
あの後、宿儺の母である虎杖を自分の監視下に置く為という名目上で家に連れて帰った五条はせめて名前だけでも分からないと困ると唸り、何か身分証なるものはないかと聞いたら思い出したようにポケットの中から母子手帳を渡されて名前が判明したのだ。
虎杖悠仁(23)
それが両面宿儺の母親だった。
記憶喪失と言っても日常的生活に必要な事は忘れていないから家の事であれこれと教える必要がなかったのは助かった。
これでも高校生相手に先生を務めている身だが如何せん教えるというのは余り得意じゃないのだ。
まだ赤ん坊の宿儺の面倒に関してもずっと独り身だったから何も教えられる気がしなかった。けれど悠仁は自然と知っているらしくて宿儺の面倒はお手の物だ。
逆にこっちの方がそうやって赤ちゃんを面倒見るのか、と驚かされた。
一人暮らしが当たり前だった五条にとって突然の同居人にその子供との共同生活はストレスになるかな、と思わらたが信じられない事にストレスが溜まるよりも家で帰りを待っててくれる温かさにこれが家族というものなのかな、と安心感を覚えていた。
悠仁は優しくて良い子だ。
監視下に置かれていると知っている筈なのに翌日には笑顔でおはよう、と挨拶されて拍子抜けしたのは記憶に新しい。
条件反射でおはよう、と返せばふわりと微笑むその笑顔にその時は不覚にもキュンとした。
その腕の中にいる宿儺からは冷めた視線を送られたが。
上層部が恐る宿儺はこの前みたく、ホイホイと悠仁の中に入れる訳じゃないらしい。何か条件があるみたい、と不思議そうに首を傾げる悠仁に五条は思い当たる節があった。
宿儺の地雷は悠仁だ。だから悠仁に何か異変が起きた時が入れ替われる条件なのだろう。
だからその条件が発動されない限り、宿儺は赤ん坊のままだ。
呪いの王だけど人間の子供と同じスピードで成長するみたいだから宿儺が世を脅かすのは何十年も先の事になる。
それまでは貴方方も生きてるかどうかも分からないだろうし安心してお昼寝でもしてれば?と上に言ったのはつい最近の事だ。
ただ赤ん坊でも自我は持っているから此方の言ってる事は大体分かるらしいし赤子のクセして鼻で嗤う事もある。悠仁の見えない所で僕を小馬鹿にしたような表情も時々するからちょっと憎たらしい。
悠仁似なのに宿儺はちっとも可愛くない。
あ、でも寝てる姿は凄く可愛いよ。頬っぺがもちもちしててさ、つつくとこれがまた柔らかいンだ。加の両面宿儺とは思えないくらいで飽き足らずもちもちしちゃうとジロリと真紅の目に睨まれてしまうけど。
「悟さん、お腹空いた?ご飯出来てるよ」
食べる?と五条の腕の中から上目遣いで聞いてくる可愛い悠仁に勿論、と頷く。
結婚した事も身近に結婚したっていう知人も居ないから知らないが結婚生活っていうのはこんな感じなのかな、と五条は笑みを浮かべる。
勿論、他人と一緒に住んだ事も皆無だった。
五条はいつの間にか悠仁に心が傾いている事を自覚していた。
宿儺との契約で悠仁を命を懸けて護るという認識だけだったけれど悠仁と暮らし始めてからはただ約束したから護る…その認識から自ら望んで悠仁を守りたいに変わっていった。
それ思ってしまうくらい、悠仁の心は綺麗で透明に透き通っていた。
荒み切った欲望、醜い妬み、残虐な殺意を何十年と見てきた五条にとって悠仁の穢れのない清らかな心は初めて見るもので、こんな綺麗な人間がいるんだ、と心底感嘆した。
そんな綺麗な人間が、1000年前に人々から恐れられた両面宿儺の母親だなんて、誰が思うだろうか。
そんな悠仁が選んだ相手が心底羨ましかった。
もしかしたら宿儺の父親となる旦那が呪いに関係しているのか?と思って一緒に暮らし始めてから2ヵ月経った頃にさり気なく悠仁に「宿儺も父親に会いたいだろうね」と呟いてみたら悠仁から驚くような発言をしたのだ。
あの時の衝撃は未だに忘れられないや、あの無表情の同期でさえ目を点にしてたのだから。
さり気なく呟いた僕に悠仁はキョトンと不思議そうな顔をして「え?宿儺に父親はいないよ?赤ちゃんって自然に神様から授かるものでしょう?」って言ったのだ。
まさか、男女の情緒に関して無知だった悠仁を無理矢理抱いたのか?!と見知らぬ旦那たる者に憤りを覚えたけれどセクハラを承知で確認したよね。
「セックスして宿儺出来たンでしょ…?」とオブラートに包まず直球で聞いた僕にえ?!何で?!!と紅くなりながら驚いた悠仁にこっちの方が驚いた。
セックスせず子供は出来るのだっけ、と直ぐに硝子に電話をしたのは言うまでもない。セクハラだぞ、と冷たい声で言われたが事の成り行きを話せば納得してくれたのが不幸中の幸いだ。解剖されずに済んで良かった。
まぁ、厳密に言えば科学的に有り得ない。
だけど悠仁が産んだのは宿儺だ。何一つ不思議な事ではないらしい。どうやって宿儺を身篭ったのかは記憶喪失の悠仁も知らぬままだからなんとも言えないけれど、受精せずに産んだのは確かみたいだ。
驚きの余り宿儺に本当なの?!と聞いてしまった後に赤ん坊相手に何を聞いてんだ、と我に返る。その時の宿儺の顔が呆れたような顔して抱っこしてた悠仁の胸にぽふっと顔を寄せ服をぎゅっと紅葉の小さな手で握り締めたのだ。
ー誰にも触れさせる訳がなかろうー
宿儺の目は間違いなくそう言っていた。
どうやら宿儺の持つ呪術で意図的に悠仁の腹から産まれたのだと予想が出来た。そうなると宿儺は産まれる以前から悠仁を知っていた事になるけどそれは今は大した問題ではないし知った所で今更どうこう出来る訳がないから既に頭の隅へ追いやった。
困った事にあの時に頭の中に占めているのは、
悠仁は、未だ処女。
子供を産みながらまさかの処女?
え、悠仁は聖母マリア様だったの?産んだのは極悪の宿儺でイエス・キリストじゃないけど?
こんな可愛い子がまだ穢れを知らないと知った時の動揺は隠せなかったと思うし悠仁にも大丈夫?と凄く心配されてしまった。
あの時の心配してくれて不安そうな表情も可愛かった。
現金なもので悠仁が誰の手にも触れられていないと知った途端にこれからも誰にも触れさせない、僕だけの悠仁だ。と強く思ってしまっていた。
かなり独占欲が強かったみたいだと知ったのは新しい発見だった。
それから子供にはやっぱり父親は必要だし、唯一悠仁を守れる僕が父親になれば良いじゃん?と開き直り悠仁を口説き落とす事に決めたのだ。
憎たらしいけど宿儺も可愛く見てきたしね!
「悠仁はホント、可愛いね」
靴を脱ぐ五条の荷物を持ちながら五条が居ない間の話を話す悠仁の顔を見下ろしながら甘い表情で五条は囁いた。
それに悠仁は話す口を閉じて目元を紅く染める。
「…悟さん、慣れないからそれ止めて」
ふいっ、と照れて視線を逸らす悠仁に靴を脱ぎ置いた五条が近寄りその頬を撫でた。ピクリと反応しておずおずと悠仁が視線を五条に戻せばその顔は嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。
「可愛いよ。悠仁が慣れるようになるまで、慣れてからも何度でも言うよ」
うっとりするような声音で言われて悠仁の顔は赤くなって耳までも染めた。もぅ…!と胸元をぽこっと叩かれたがそれは痛くも痒くもなく、五条の機嫌を上がらせるだけだった。
「ご飯!食べよう!」
「うん、悠仁のご飯楽しみだなぁ」
照れ隠しで言葉を区切って叫ぶ悠仁に可愛いなぁ、と見つめながら背を向けリビングの方へ向かう小さな背中を追い掛ける。
軽薄な性格だと自覚してるけど、悠仁に関しては軽薄になるよりも重くなるばかりだ。
リビングのソファに僕の荷物を置く悠仁を見やってから周りをチラッと見渡す。1人、見当たらない。
「宿儺は?」
「ん。悟さんの古文の本を読んでるよ」
「え?あの子まだ赤ん坊でしょ…」
いつもなら悠仁が抱えて一緒に出迎えてくれるのだがどうやら今は絵本代わりの古文書を読書中だったらしい。
だけどもうちょっとこう、子供らしい本を読んでくれないだろうか…難しい単語ばかりが羅列する古文を読む赤ん坊ってちょっと怖い。余りにも早熟過ぎて吃驚してしまう。
悠仁も難しい単語は分からないし読んで教えられないからと可愛らしい絵の絵本を宿儺に見せた事あるが見向きさえしなかったらしくて今では諦めて宿儺の目に止まった本を捲れない代わりにページを捲って上げてるみたいだった。
「ご飯の用意してくるねー」
「お願い〜。宿儺は僕が見てるよ」
ありがとう!と嬉しそうに笑って悠仁はキッチンの方へとパタパタ走って行った。
目隠しを外し代わりにサングラスを掛けると書斎の方へ足を向ける。まだ赤ん坊だろうが呪いの王である両面宿儺には変わりはないと、悠仁の周りは宿儺を恐れて近付きもしない。
化け物を見るような目で愛しい我が子を見られて悠仁は酷く気にしているらしいが最強の僕からしたら今の宿儺は脅威にもならないし悠仁の子供だし案外可愛いもんだよ。
眠っていた宿儺の頭を撫でて宿儺は悠仁似で可愛いね、と言ったら琥珀の目からポロポロと涙を溢れさせて心底嬉しそうにありがとう嬉しい、と悠仁ははにかんで笑った。
あの時の笑顔がまた見られるのなら僕は喜んで宿儺の面倒を見るさ。悠仁から好かれようとしてる魂胆は宿儺にはバレてるだろうけど宿儺も悠仁の笑顔を守りたいだろうし大人しく僕の世話を受けてくれる。
「宿儺〜、ただいま帰ってきたよ」
書斎の扉を開けると悠仁と宿儺が暮らすようになってから引かれた暖房付きカーペットの上にうつ伏せになって古文を読んでいる宿儺がそこにいた。
やっぱり想像した通り赤ん坊が古文書を読んでいる絵はシュールで怖いな。まぁ、笑えちゃうけどw
宿儺に近付くとパッチリとした真紅の大きな目が僕を見上げ帰ってきたか。とでも言うようにフン、と鼻で笑った。
憎たらしいその表情も見慣れたものだから逆に可愛く見えてきてあれ、父性目覚めてきた?と宿儺の前に腰を下ろし頭の隅で思った。
「あー、あぅー」
「んー?次のページ捲れって?」
ぺちぺちっ、と小さな手で本の書面を叩く宿儺にもしかして続き読みたいの?と問い掛ければ早く捲れと声を上げる。
続きを読ませてあげたいのは山々だけど、もう時間切れかなー。とうつ伏せになっていた宿儺をひょいっと抱き上げた。
まだ不安だから首をしっかり支えてから立ち上がる。初めの頃はどうやって抱き上げれば良いか分からなかったからおっかなびっくりだったけど今ではもう手馴れたものだ。
「夕飯の時間だからこれを読むのはまた今度ね、悠仁の所に行こうか」
ご飯と聞いて渋々しょうがないな、と宿儺は名残惜しそうに古文書を見てから五条の服をきゅっと握った。
その行動は宿儺の意志とは関係なく赤ちゃんの本能みたいなもので触れられるものは何でも握るし何でも口に入れようとしてしまうから悠仁はたまに大騒ぎしてる。
意志に反して動いてしまうらしいから宿儺はその度にみ"にゅっと顔を顰めてみるがその顔は不覚にも笑えるくらいに可愛いから暫くはそのままで居て欲しいと願っている。
「ん?」
立ち上がった時、五条の鼻を甘い匂いが擽った。
宿儺の丸い頬に顔を寄せればその甘い匂いの正体に気が付いた。
「宿儺、お風呂入れて貰ったばかりなんだね。いい匂い」
赤ん坊特有のミルクの匂いと、ふんわり香るフローラルの石鹸の香りが宿儺から香っていて五条はクンッと宿儺の頬に鼻を寄せる。
するとサングラスの縁が当たって気に入らなかったのか宿儺の手が邪魔だと言わんばかりにサングラスを掴み五条の耳から外してしまった。
「宿儺〜、サングラス外しちゃダメだよ」
嗜めるが五条はくすくす笑って宿儺の手からサングラスを取り返す素振りもなく好きに遊ばせる。
「悟さん、まるでお父さんみたいだね」
書斎から出てきた五条と宿儺の姿にテーブルに今日の夕飯のオムライス、ポテトサラダにオニオンスープを並べた悠仁が微笑ましそうに2人を見つめる。
悠仁の発言はその時に思った何気ない一言だろうけど五条にとっては願ったり叶ったりの嬉しい言葉だ。
「そろそろ周りにもちゃんと言わないとね」
何を?と不思議そうに宿儺を抱えたまま椅子に座った五条に箸を手渡しながら悠仁が首を傾げた。
箸を受け取り悠仁に笑いかけながら五条は宿儺を膝に座らせて落ちないように片手で支える。
「僕達の事を」
「え?」
悟さんとの事…?どういう意味?と目を見開く悠仁の手を一旦箸を置いた手で握る。え、と目を瞬かせる琥珀を見つめながら五条は飛び切りの笑みを浮かべて告げた。
「今度ちゃんとプロポーズするから覚悟しといてね悠仁」
告げた瞬間、悠仁は大きく目を見開いて顔を紅く染め固まった。
腕の中の宿儺が呆れたように五条を見上げたが五条は既に気付いていたでしょ?とニッと笑い掛けるだけだった。
……To be continued