mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆逃走不可能2

 

***

 

母が夕飯の仕度をする為に下へと降りて行く後ろ姿を見送ってから土方はそうだ、と男を残して部屋を出ていった。

 

残された男は暫くすると僅かに瞼を動いたかと思えばゆっくりと、その目を開いた。

 

 

 男、高杉は鼻を擽った嗅ぎ慣れぬ甘い匂いに意識を浮上させると重かった瞼を持ち上げて目を開いた。

真っ先に飛び込んで来た白い天井は見知らぬ景色で高杉は可笑しいと体を起こした。

ズキッと体の至る所に激痛が走り顔をしかめたが騒ぐ程のものではない。

 

問題なのはここが何処なのかだ。案の徐部屋を見渡せば見覚えのない知らない部屋だ。

余り物がなくきっちり整理整頓がされていてどこか殺風景にも見えるが落ち着いたこの部屋はどうやら女の部屋であるのは分かった。

 

壁に掛けられてる服が女のものだったからだ。この部屋の持ち主は学生か…紺色のセーラー服を見て高杉は冷静に分析していた。

いくら頭を捻っても気絶した後の記憶がない。確か自分は追手を撒いてどこかの路地裏に身を潜めた筈でこんな所に来た覚えはないのだ。

 

まさか自分が人の気配にも気付かず無防備に落ちていたと…?

 

それは余りにも危機感が無さ過ぎる。

いつ寝首を掻かれても可笑しくない無防備だった己の状態に高杉は眉間にシワを寄せた。

 

 その時、高杉が硬い表情で考え込んでいるとドアが開いて土方が戻って来た。高杉はハッと我に返ってドアの方を睨んだ。

 

「あ…」

 

起き上がってる高杉を見て土方の蒼い目が大きく見開かれた。高杉は入ってきた土方を見て体に緊張が走りいつでも動けるように力を入れつつ警戒しながら土方を見つめた。

 

「起きたのか」

 

 ホッと安心したように胸を撫で下ろして土方が高杉に声を掛けた。近付いてくる土方の動向を注意深く探りながら高杉はここは何処だと低い声で問い掛ける。

 

笑みを浮かべながら土方はベットに足を乗り上げて膝を着くと両手をついて高杉を下から見上げた。

 

「俺の部屋」

 

俺…?女なのに一人称が男って…何だこの女。

至近距離から覗き込まれて居心地悪いと感じながら高杉は微塵もそんな事は表には出さず土方を真っ直ぐに見下ろした。

 

 碧の瞳…。

 

やはり想像した通り、綺麗な瞳である事は間違いなかった。

左目は怪我でもしたのかうっすらと傷痕が残っていて開かれる事はない。

それでも残った右目の視線の鋭さは損なわれていない、鋭利なその視線は土方を昂らせた。

ニヤけそうになる顔を何とか抑えつつ土方は高杉の目をうっとり見つめながら名前を訊ねる。

 

「名前は?俺は土方十四乃」

「……晋助」

 

人の指図は素直に受けない高杉だったが育ちは良かった為、名乗られたら名乗りなさいと敬愛する先生に教えられ、名字は伏せて下の名前で名乗った。

土方はそれだけで十分だったのか嬉しそうに微笑んだ。

 

その笑った表情が綺麗で高杉は一瞬呆気に取られたその瞬間、ガチャッと金属の音が鳴った。

 

ガチャッ…?

 

下を見下ろすと土方の手には細い鎖が握られている。

その鎖が伸びている先に触れると、首にチョーカーというには余りにも太く頑丈な作りの…首輪が着けられていた。

 

「っ……?!」

 

首輪を着けられて高杉は動揺した。

鋭い目が大きく見開かれて首輪を着けた張本人を見下ろす。

当の土方はくすくす笑って首輪に触れ、そのまま上に指を滑らすと高杉の頬へ触れた。

 

「晋助。お前を見付けてここまで何度も転びそうになりながら運んだのは俺だ。傷の手当ても、俺がした」

 

感謝の言葉でも望んでいるのか?と思ったが口を開く暇もなく土方は続ける。

 

「訳ありなんだろ?何も聞かないでやるから、これからは晋助は俺の所有物だ。ずっと此処に居ろ」

 

上からの物言いに高杉の目付きが鋭くなる。

しかも所有物ときた。野良猫とでも勘違いしてるのかこのキチガイ女は。

 

訳も分からないヤツに飼われて堪るかよ、と頬を撫でる土方の手を振りほどきベットから降りて出て行こうとすれば土方がおっとりとした声音で高杉の背中に声を掛ける。

 

「良いのか晋助。これをバラまかれても」

 

高杉が振り返ると笑顔の土方が持っていたのは高杉の顔が大きく乗っている迷子の広告チラシだった。

いつの間にそんな物を作ったのか、高杉が拒否すればこれをあちこちに貼ってくる、と笑顔で脅して怖い事を言う土方を高杉はどうする事も出来なかった。

 

こんなチラシを貼られてしまっては折角撒いた追手に足がバレてしまうのは時間の問題だ。

 

小さく舌打ちすれば高杉が出ていくつもりがなくなったと分かったのか土方が優艶に微笑みドアの前で立ち竦む高杉に近付いてその手を握った。

 

「安心しろよ、別に晋助をどうこうするつもりはねェんだ。ただ晋助が欲しいだけだから」

 

先ずそれが可笑しいだろ…素性の知れない男を欲しがるなんてどうかしている。

 

しかし一応助けて貰った身の上、言葉にはしてなかったが匿ってくれるみたいだからと高杉は暫く土方の世話になる事を決めた。

 

もはや諦めたと言ってもいい。

こうして高杉晋助は土方十四乃のモノとなった。

 

 

 

 

END

 

取り合えずはここまでで。