mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆離す訳がない(煉炭♀宇善♀)


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失敗した。

 

何であんな事を言ってしまったのか自分に怒りを覚えてしまっても気付いた時には時既に遅しとはよく言うもんで恋人が家から消えてしまった。

仕事が終わり家に帰って玄関を開けるといつもは出迎えてくれるのに今日は誰も居なかった。シーンとした静けさが耳に痛い。

テーブルの上を見ると自分の為に用意された肉じゃががラップされて置かれていた。それを見て嫌って出ていった訳ではないと少しばかり安心した。

外から部屋を見上げた時、窓から中の光が見られなかった時から嫌な予感はしていた。

案の徐誰もいなくて直ぐに上着から携帯を取り出し電話を掛けても電源を切っているのかまたは敢えて無視してるのか分からないが出てくれる気配は一向にない。舌打ちばかりが出てくる。

しかし俺が悪い。あの愛し子が愛に酷く敏感で自分の身を削ってでも与える分には問題ないのに与えられる側になると疑心暗鬼になって怯える質だというのを忘れておざなりな対応をしてしまった。


今朝の自分を殴りたくなる。


後悔で胸が張り裂けそうな思いだったけれど今は探すのが先決。この寒い季節で公園とかに居る筈はない。あいつを引き取ってくれた爺さんは遠い田舎の道場の師範をしているからそこに帰ったとは考えられない。

帰るには遠すぎる。だからあいつが居るのは親友の所だろう。


先程帰って来たばかりだがスーツの代わりにコートを着込み財布と携帯、車のキーをポケットに突っ込んでマンションを出た。


どうかあいつの所にいますように。そう祈って車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

「どうぞ」

失礼するぞ!と扉の向こうから溌剌とした声音が聞こえると同時に扉が開かれた。

そこには3つのお茶をお盆に乗せてそれを危なげもなく片手で持った煉獄だった。居間のテーブルで腰を落ち着かせていた炭治郎と、善逸は少し身体をずらして煉獄の為に席を空けた。

ありがとうとニコッと笑って煉獄は空いたスペースに腰を落ち着かせる。

 

「まだ熱い。少し冷ましてから飲むと良いぞ」


わぁありがとうございます!善逸は嬉しそうに両手を頬に当てて表情を崩して頬を綻ばせた。

さっきから目の前に置かれたキラキラ輝くように美味しそうなモンブランを食べたくてうずうずしてたが甘いモンブランとほろ苦いお茶を一緒に食べるのが一番美味しいと知ってるから涎を垂らしてお茶が来るのを待っていたのだ。

目の前のモンブランは駅前の有名店が扱ってる季節限定のものでそれはもう有名店なだけあって午前中には全て売れ切れてしまい善逸はいつも泣く泣くその店を後にしてたのだが今回は煉獄さんが近所の人から貰ったらしくておやつとして出されたのだ。

甘いものが大好物でこの季節限定のモンブランを食べたかった善逸はそれはもう嬉しさの余りに嬉し泣きで涙を溢して煉獄に抱き付いたものだった。


「いただきまーす!」


大好きなスイーツが目の前にあって我慢出来る筈もなく、善逸はスプーンをさっそく手にとってモンブランに差し込もうとした。

炭治郎と煉獄がそんな善逸を見て小さく笑った。一口分を掬って口に運ぼうとしたその時ふと、あっ…と思い出した。

 


『分かった分かった、今度俺が買って来るからそォ泣くなよ。な?』


朝早くに行ったのに後残り一人って所で前の人で売れ切れとなり間に合わずスイーツを買う事が叶わなくて泣き付いた善逸に仕方なさそうに呆れた表情をしながら今度買ってくれると約束してくれたあの人の…、宇髄の顔が頭を過って善逸はピタッと手を止めた。


約束…してくれたのに、アンタが買ってきたものじゃないのを食べちゃうよ…。


今朝の事を思い出して善逸は無性に泣きたくなった。なんて事ない、宇髄さんは急いでたから思ってた事をそのまま言っただけだ。

悪くない。ただ自分が思いの外その言葉を気にしてあの家に居るのが居たたまれなくなっただけだ。


やっと金曜日で仕事の方が今日で落ち着き週末明けからこの4日間仕事で忙しかったらしい宇髄は余り疲れが取れず多少ボンヤリしながら今日も早起きで仕事へ向かう為に準備をしていくのを善逸も一緒の時間に起きてお弁当を作ったり移動中でも食べられる朝ご飯を作ってやったりと家事全般を任されていて今日も栄養バランスを考えたお弁当を作って張り切っていた。

宇髄は無理して一緒に起きなくて良いといつも気に掛けて言ってくれているが善逸はそれを一蹴して今は家事くらいしか出来ないのだからと宇髄の気遣いを有り難く思いつつも宇髄の為に何か出来るのが嬉しくてやっているのだと伝えて毎日欠かさずお弁当を作って玄関まで見送るというセットを一緒に暮らし始めてから一日足りとも欠かせた事はない。

いつものように玄関で靴を履く宇髄の後ろで鞄とお弁当が入った袋を持って忘れ物はないか、今日は何時に帰ってくるのかと話していた。

思い出したように宇髄がそう言えば、と善逸を振り返った。


「同僚からお弁当の盛り付けとか飾りとかが上手いって褒められた」

「え、本当ですか?!」


パァァアッと善逸の表情が嬉しさで輝く。

最初の頃は飾りとか盛り付けとか気にしなかったけどテレビとかで『疲れた時にお弁当を開けると綺麗に盛り付けられているのを見ると妻の顔が頭を過って今日も自分の為に頑張ってくれたのだなぁって考えたら疲れが吹き飛ぶ』というお弁当を持参して行くサラリーマンの特集編!を見てしまって善逸も宇髄さんがお弁当を開けて少しでも疲れが取れればと女子力を頑張って高めているのだ。

それを褒められて善逸は踊り出したい程に嬉しかった。


宇髄があぁ、最初はあんなに男飯のような食べれればいいやって感じだったのに最近綺麗だよな、って言われたぜ?くすりと宇髄が笑いながら靴紐を結び終えて立ち上がると善逸に向き直った。


「へーへーそれは悪ぅございました!これでも女だから頑張ってるんです!でも宇髄さんだったら俺じゃなくても可愛い女の子がいっぱい綺麗なの作ってくれそうですもんねぇ?」


鞄とお弁当袋を宇髄に渡しながら善逸が嫌味のつもりで言った言葉に次に返って来た言葉を聞いて固まってしまった。


「そうだな、別にお前じゃなくても俺は色男だから色んな女が作ってくれるだろうな」


何気ない、悪気のない言葉だと分かっている。けれど善逸の心はサァーッと冷えて身動きが取れなかった。


ボンヤリしてた宇髄はそんな善逸に気付かず、じゃあ行ってくる。

善逸の頬に軽く口付けて宇髄はいつものように仕事へ向かって行った。善逸の固い表情に気付く事なく。


それから善逸は一通りの家事を終わらせてから家を出た。

宇髄の言葉が頭を離れず家の中に居るのが苦しくなったからだ。宇髄にお前のお弁当が良い、とか言って欲しかった訳じゃない。

じゃあ何であんな事を言ってしまったのか、あれじゃあ暗にお前のお弁当が良いって言わせようとしてたみたいじゃないかと自分の無意識の汚さに善逸が我慢出来なかった。


家を出ても特に当てがある訳でもなくて公園のベンチに腰を落ち着けて遊具で楽しそうに遊ぶ小さい子供たちを何気なく眺めていた。


何で宇髄さんは、俺なんかを選んだんだろう…。

 

宇髄さんは見た目が厳ついけどそれはもう世の女が放っておく訳がないくらいに男前だし体格も優れていて譜面を組める程に頭も良いと、誰もが認める文句なしの男だった。

街中を歩くだけで女の目を奪っていくのを何度も目にしてきたし逆ナンされるのも日常茶飯事という世の男からしたら殺したい程に憎たらしいだろうけど。

ただ自分の事を自称・神とか宣うのは頭が可哀想なんだなぁ…って会った当時は思ったが一緒にいて落ち着けるし楽しい人だ。


それなのにそんな完璧とも言える男が何故何もない自分なんかを選んでくれたのか未だに分からない。好きだ愛してると幾度なく言われてきた。

宇髄さんを疑ってその言葉を信じてない訳じゃないがどうしても宇髄さんが愛の言葉を自分に囁くのが違和感があり、不思議で堪らない。

その言葉を隣で囁かれるのはもっと宇髄さんに相応しい女の人だと常日頃から思っていた。

自分は誇れるような立派な人間じゃない。何かあると直ぐに逃げ出そうとするし自分に理不尽な事があったら泣き喚いて過去に炭治郎を困らせた事もあった。

何かに怯えて一人になってしまうのが怖くて勘違いして笑い掛けてくれた男に迫って何回も騙された事もあった。

それが切っ掛けで炭治郎にみっともない事はやめろ!と激しく怒られてもっと自分を大切にしないとダメじゃないか!!とそれはもう般若のような顔で拳骨を食らって怒られてからは男と不用意に付き合う事は止めた。あれは本当に怖かった…優しい奴を怒らすと怖いのは間違いではないらしい。あれ以来絶対に炭治郎を怒らせないようにと胸に誓った。


宇髄さんとは一緒に出掛けることがあって話していく内に宇髄さんを好きになって宇髄さんも俺を好きだと、一緒に暮らそうと手を差し伸べてくれたから幸せだった。


幸せだ。

宇髄さんに愛されて。


でも何気ない言葉で簡単に心は弱くなって本当かどうか信じられなくなる。
本当は愛されていないのではないかと、宇髄さんは優しいから可哀想な俺を仕方なく一緒にいてくれるのではないかと、直ぐに疑ってしまう。


こんな弱い自分が大嫌いだ。

 


そんな時に、


「善逸?」

 

何時間もずっと寒い中ベンチに座って動かずにいた善逸は青ざめた顔で随分と体が冷えてそうだった。

己の弱さに後ろ向きな事しか考えられなかった善逸を後ろからよく知った声が自分を呼んだのに善逸はのろのろと顔を上げて後ろを振り返った。


やはり、そこには親友の炭治郎が善逸の表情を見て目を見開いていた。

買い物の帰りだったのか隣には恋人の煉獄さんがスーパーの袋を持っている。
炭治郎が直ぐに善逸の傍まで駆け寄って冷えた善逸の頬を柔らかく温かい両手で包んで怒った顔で善逸を見下ろした。

 

「善逸!こんなに冷えて…!暖かい場所で休まないと風邪を引くだろう?」

心のそこから善逸を心配する音がした。

ごめん…それしか言えなくて善逸は俯いた。親友にも何度も心配させちゃうなんて…本当何をやってるんだろ…。


善逸の雰囲気がいつもと違う事に気付いたのか炭治郎が隣に来た煉獄を見上げた。

煉獄も炭治郎を見下ろして安心させるように小さく笑うと善逸の頭を撫でて声を掛けた。

 

「善逸、良ければだが家に来ないか?」


え…?戸惑った善逸が煉獄を見上げると煉獄は笑って実は知り合いにケーキを頂いてな!一緒に食べよう!と続けた。

何かあったのは明白なのに二人は何も聞かない。無理に聞く事ではないと、取り合えず善逸をこの寒い中に放っておく筈もなく煉獄は着けていた黒の手袋を外すと善逸に着けさせて炭治郎は巻いていた青いマフラーを寒そうな首元に巻いてあげて3人歩いて煉獄と炭治郎が住む家へと帰った。

 


スプーンを握ったまま泣きそうな表情でモンブランを見下ろす善逸に炭治郎が心配そうに見つめた。

炭治郎まで悲しい表情をしたのに煉獄が眉間にシワを寄せて険しい表情をする。


「善い…」

 

ピンポーン


炭治郎が善逸の肩に手を伸ばそうとした時、インターホンが鳴った。

炭治郎は手を伸ばしたまま動きを止め、煉獄を見上げた。煉獄は目を細めて立ち上がる。


「来たな」


煉獄のその呟きに善逸が誰が?と首を傾げる。
扉の方に向かいながら煉獄は炭治郎と善逸に俺が出てくからここにいるようにと言って玄関へと向かって行った。

善逸が炭治郎に一体誰が来たの?もしかして誰か来る予定だった?俺お邪魔かな?と不安そうに訊ねると炭治郎は大丈夫だと微笑んだ。

 

「お迎えが来たんだよ」


お迎え…?誰の?

善逸は炭治郎の言ってる事が分からなかったが炭治郎がにこりと笑うのに思い至る事があった。

いや、そんな…まさか…。

有り得ないと善逸は思ったが炭治郎が煉獄さんはここで待ってるように言ってたけど俺たちも行こうか。と戸惑う善逸の手を引いて立ち上がる。

 

「た、炭治郎…」

「善逸、大丈夫だよ」


泣きたくなる程の優しい音。

いつだって炭治郎はどこまでも優しい。
弱い俺を善逸は強いよ、って疑わずに信じてくれている。そんなことはないのに、否定しても善逸は強い、俺は知ってるよと頑なに俺に言うんだ。

逃げてばかりで卑怯になり下がろうとするのを叱咤して見捨てないで隣に居てくれる。

だからいつも炭治郎に救われてるんだよ、俺は。炭治郎が大丈夫って言うのなら、大丈夫…なんだよね。

炭治郎と善逸は居間を出て煉獄さんが居るであろう玄関へと向かい、近付くにつれて話し声が聞こえてきた。

耳の良い善逸には煉獄さんと、もう一人の声がよく聞こえる。煉獄さんの話してる相手は思っていた通り、知っている者だった。

気まずさで素直に前に出れる筈もなく炭治郎の背中に隠れてしまう。

 

「杏寿郎さん」


炭治郎が話し中の煉獄の背中に声を掛けると出てきたのか、と煉獄は振り返る。
すると煉獄と話してた相手、宇髄も炭治郎に視線を向けた。

背中に善逸がいるのを見て宇髄は煉獄の肩を押して身を乗り出した。

 

「善逸っ!」

「っ……」

びくりと善逸は体を震わせて炭治郎の背中で縮こまる。それを見て宇髄が悲しそうに目を細める。なるたけ声を押さえ付けて善逸に手を伸ばした。


「善逸、帰ろう」

差し伸べられた手を見て善逸は躊躇する。

手を取りたいけどまだ朝のわだかまりが頭を過って手を取る事が出来ない。今はこのまま気持ちが落ち着くまでそっとして欲しいという気持ちもある。

躊躇する善逸に宇髄は尚も手を伸ばして善逸を呼ぶ。玄関を上がって炭治郎の後ろから善逸を抱き上げて連れて帰るのも出来るがそれでは意味がない。

善逸自身が宇髄と帰る事を選ばなければならない。だから宇髄は今すぐ連れ去りたい気持ちを抑え込んで辛抱強く切実に善逸を待った。


「善逸、ごめん」

視線をさ迷わせる善逸に宇髄が謝った。

善逸は息を詰めて宇髄を見つめた。たったそれだけで善逸は宇髄を許せたし元々宇髄を怒ってた訳じゃない。

 

「善逸。俺と帰ろう…?」


寂しそうな音を出す宇髄が本来は冷えた水面のよう静けさを奏でるのに今はその音が鳴りを潜めてる。

寂しそうな音は似合わなくて善逸は宇髄がまだ自分を求めてくれるのであればと炭治郎の背中から躊躇いながら一歩踏み出した。

遠慮がちに手を伸ばしていつも離さず握ってくれる大きな手に掌を乗せた。すると透かさずもう離さないとばかりに強く握り締められる。

そのままグイッと腕を引かれると抱き締められる。善逸の肩に顔を埋めて宇髄は鉛でも溜めてたかのように重い息を吐いた。


「…ごめん」


何度も謝る宇髄に善逸は今にも涙が溢れそうになる。アンタが悪い訳じゃない。弱虫な俺が悪いんだよ。ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる大きな背中に善逸も手をそろそろっと回して小さく頷いた。


「…はい」

 

 

 

十分にひとしきり抱き締め合うと宇髄が体を離した。握り締めた手はそのまま。ずっと黙って見ていた炭治郎がホッとしたように微笑む。

それに照れ臭そうに善逸が笑い返すといつの間に離れてたのか煉獄が善逸の着ていた上着を持ってきてくれた。
何も持たずに家を出たから善逸の荷物はそれだけだった。

 

「これを持って行きなさい」

上着を着ると煉獄が善逸に袋に入った紙箱を渡した。それは一口も食べてなかったケーキだった。善逸が驚いて煉獄を見上げると煉獄はいつものように眩しい笑顔で優しく微笑んだ。


「宇髄と一緒に食べるといい!」

「でも…、」

「君も知ってるだろう?俺はたくさん食べる!だから頂いたケーキは実はたくさんあるんだ、だから遠慮しなくて良い」


何から何までお世話になりっぱなしだ。
善逸はケーキが入った箱を潰れないように抱き締めて嬉しそうに煉獄にお礼を言った。
うむ!と煉獄は大きく満足気に頷くと隣に立つ宇髄を見上げた。


「宇髄!」

ハッとさせられるような強い声に無意識に背筋を伸ばし宇髄が煉獄を見下ろすと煉獄は真っ直ぐな目でキリッと宇髄を見上げて口を開いた。


「善逸は炭治郎の大切な親友だ!故に俺にとっては可愛い妹のような者!また泣かすような事は許さんぞ!」


煉獄に叱られて宇髄は分かる人にしか分からないがしゅんと落ち込んだ。分かってるよ、と気まずそうに煉獄から目を逸らして宇髄は頷いた。

昔から宇髄は何故か煉獄には強く出れず逆らえないのだ。煉獄という人となりを尊敬している事もあり、俺は神だ!お前らは塵だ!といつも人を下に見るような物言いをする宇髄だが彼の言う事は素直に聞き入れる。

叱られてそっぽを向いて落ち込む宇髄が珍しいのか善逸が目を見開いてまじまじと宇髄を見上げた。


「…なんだよ」

視線が痛いのか宇髄が善逸を不貞腐れた顔で見下ろすと善逸は意外な宇髄の一面を発見する事が出来て楽しそうに笑った。


「アンタにも逆らえない人がいるんですね?」


その一言に宇髄はムッと眉を上げると握ってた手を引いて帰る!善逸が邪魔したな!!と言い残して踵を返した。

仕方なさそうに煉獄は溜め息を吐くと小さく笑みを溢して宇髄と善逸を炭治郎と共に見送った。

 

 

 

「仲直り出来たみたいで良かったです」

 

宇髄と善逸を見送り、炭治郎と煉獄は居間に戻り、胡座をかいた膝に炭治郎を乗せて二人はTVを流しつつゆっくりしていた。

炭治郎が善逸の笑った顔を思い出しながら嬉しそうに溢す。

友達思いな恋人を後ろから抱き締めて煉獄も頷いた。


「そうだな、あんな悲しそうな顔をさせるなんて宇髄をこらしめてやろうかと思ったがふふ…そんな事せずとも宇髄が善逸を手離す訳がなかったな!」


握りこぶしを作って笑顔で物騒な事を言うのに炭治郎が苦笑いしながら宇髄さん、後ちょっと遅かったら危なかったですよ…とそっと心の中で宇髄へ向かって呟いた。


「宇髄さんが来なかったら明日行く筈の温泉旅行に善逸も連れて行こうかと思ってたのに…ちょっと残念です」

「なに、また今度四人で行けばいい!」


残念そうに言う炭治郎に煉獄は悪戯っ子のように笑みを浮かべ善逸を勝手に連れて行けば宇髄が嫉妬してしまうからな!と二人しかいないのに声を潜めて人差し指を口元に当てながら言う。

そうですね、と炭治郎も煉獄を真似て声を潜め、肩越しに煉獄を振り返ると黄金の目を見つめた。

煉獄も円らな赤い目を見つめると、二人顔を寄せてそっと口付けを交わした。


幸せそうに、二人は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

**

 

渋滞もなく進めたおかげで30分程車を走らせると宇髄と善逸が住むマンションへあっという間に辿り着いた。

二人は車を降りてエレベータを乗り込む。その間も宇髄はずっと善逸の手を握っていた。

もう逃げないのに、と思いつつ善逸は小さな自分の手を覆う程大きい宇髄の手を見下ろしてくすぐったい気持ちになった。


昔はよくケンカをした。

自分に自信がなくてどうせ男なんて美人な女の子しか興味ないんでしょ??イケメンは滅びれば良いわ!と男前な面を持つ男性に対してやっかみながら当時知り合って間もない宇髄に対しても本当に自分でも呆れる程に喧嘩腰で接していたもんだった。

宇髄も宇髄で何で俺がこんなちんちくりんに文句言われなくちゃいけないんだ?!とこっちも本物のヤクザも裸足で逃げ出すくらいの輩っぷりで善逸と会う度に喧嘩をしていた。

それがいつの頃からか気に食わない奴から気になる人、そして好きで大事な人になった。


それでも善逸は弱い自分の事が大嫌いだったからよく宇髄の手を振り払って逃げ出す事が多々あった。

その度に宇髄は手間を掛けさせるなと口では憎まれ口を叩くけど必ず善逸を探して迎いに来て、はぐれないように小さな手を大きな手で握って共に帰る。今回も同じだ。


この大きな手は決して離してくれない。

どこに隠れても見付けてくれるし迎えに来てくれる。


玄関で靴を脱ぐと宇髄は善逸の手からケーキを受け取って取り合えず冷蔵庫に入れると善逸の手をまた引いてそのまま寝室へと入った。
お互いに上着を脱ぎ、軽くシワを伸ばしてハンガーに掛けると宇髄は後ろから善逸をぎゅっと抱き締めた。


天元、さん…?」

困惑した声音で背後の宇髄を振り返ろうと身を捩る善逸だったけど宇髄は更に強く抱き締めて振り返るのを阻止する。

仕方なくそのままされるがままにすると宇髄は腕に善逸を捕らえたまま後ろに移動してベッドに腰掛けた。

すると自然と宇髄の脚の間に座る事になって190㎝以上もある大きな宇髄の腕の中に小さい善逸はすっぽりと調度よく収まった。


「…今朝は、ごめん」

あんな事言っちまったけど、俺はお前じゃなくちゃダメだから。

無防備な首筋に口付けを落として耳元に囁く。押し殺した低い声と吐息が耳元をくすぐって善逸は首を竦めて宇髄の言葉にうん、と返した。

アンタの所為じゃないしアンタは悪くないよと言っても宇髄は聞かないだろうから善逸は何も言わずに頷く。


「一緒に帰ってくれて、良かった」


だってアンタの音が酷く寂しそうだった。
そんな事は口が裂けても言えないからまたうん、と小さく返した。

慣れた匂いに包まれ安心して体の力を抜いて背中を宇髄の胸に預けてると熱い吐息と共に耳朶と甘噛みされ善逸は腰の辺りに電流のような刺激が走るのに声を上げる。


「んッ…!」

ちょっと、耳が弱いの知ってるでしょ?と善逸が耳を執拗に構う宇髄を振り向くと振り向いたのを狙ってたかのように触れるだけのキスをすると睫毛が触れ合うくらいまで、距離を縮めて金の目を真っ直ぐ見つめた。


「善逸、」


欲望を抑え込んだ押し殺した声で名前を囁かれる。
それだけで耳の良い善逸には宇髄が何を求めているのか分かってしまう。息を詰めて鼓動が激しくなる。

善逸に、宇髄を拒む理由が、今はない。

 

「……お風呂、入りたい…」

距離の近さに最早視線を逸らす事も叶わず、普段強気な表情をする宇髄が懇願するように見つめてくるのに善逸はじわじわと耳や首元を赤く染めながら小さく、溢した。

それは、受け入れるということ。

宇髄は善逸の了承の返事に笑みを浮かべるとじゃあ一緒に入ろうか、と善逸を抱き上げた。


善逸を抱き上げたまま、宇髄は寝室を後にして風呂場へと消えた。

 

 

 

 

 

END