mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆宇善♀(仄かに煉炭♀)


f:id:mikoto-xs:20171124141946j:image
 

 

何で、こんな状況になってるんだ?

少し痛いほど手首を押さえる大きな手を横目に見て善逸は自分に覆い被さり見下ろす男を見上げた。

 

宇髄さん。

 

偶然会った時は俺の頭を笑いながらぺしぺしっとこれ以上縮むから止めてくれんない?!と言っても叩いてくるのに今の宇髄さんは俺をからかう事なく怖いくらい真剣な表情をしている。

 

何でそんな顔してるんですか、男前が泣きますよと笑おうとして失敗した。出来なかった。

言葉を発する前にまたも目から水が流れたから。水はこんなにしょっぱくないけどね。

 

ぽろぽろと頬を流れる水を何を思ったのか宇髄は舐めた。善逸は頬に湿った温かいものが触れた事にびくっとしてそれが宇髄の舌だと分かると混乱したように宇髄を見上げる。

 

何で?

 

そう善逸の目が宇髄に問い掛ける。

宇髄は目元を赤くして唇を震わせる善逸の頬を片方の手首を放した手で包み込んでおでことおでこを合わせてその目を見下ろした。

 

「善逸」

 

からかうように呼ぶ声音じゃなく、一文字一文字を噛み締めるように…大切な宝物のように言葉にする宇髄のその声に善逸は胸を締め付けられた。

 

何でそんな声で俺の名前を呼ぶんだよ…

 

「善逸」

 

やめてよ…優しい声で、いつもと違って柔らかい表情で、そんな音を出して俺を呼ばないでよ…宇髄さん。

 

 

 

 

 

 

デーパートの街中の午後15時。

広間にある時計台の下で善逸はかれこれ四時間くらい待ちぼうけを食らっていた。

待ち合わせ相手は彼氏で11時にここで待ち合わせの筈なのにいつまで経っても現れる様子もなくて連絡もなければメールもない。

もしかして事故とかにあったとか?いやいや、それは流石にないか。なら寝坊しちゃったのかな…だったら連絡した方がいいのかな、いやでも気持ちよく寝てる所を起こすのは流石に可哀想だし自然に起きるのを待っててあげよう!俺だったら正直もっと寝かせて欲しいもん。そう思ってたらあっという間に四時間という時が流れた。

 

四時間も時計台の下で待ってたら清掃スタッフの方にさっきから何時間もここに居るけど待ち合わせの人はまだ来ないのかい?寒いから早く温かい所に入りな、ってココアをくれた。なんて優しいおばぁちゃんなんだ!お礼を言って有り難くココアを貰って体を温めた。

 

やっぱり来ないのかな…。善逸はココアを口に含みながら曇った空を意味もなく見上げた。あ、あの雲ちょっと雀に似てる…。

 

そんな時、いきなり頭をぺしっと叩かれた。

 

「?!!」

 

びっくりした善逸はバッと後ろを振り返ると先ず目に入ったのが黒のVネックシャツで視線を上に向けると炭治郎の彼氏である煉獄さんの知り合いの宇髄だった。

相変わらずクッソ男前な面してやがる。

 

「よぉ」

 

「ちょ、アンタいきなり背後から頭をぺしっとするの止めてくれません?!!!」

 

これ以上縮んだらどうしてくれんの?!!!と180㎝以上もある男を睨み上げると楽しそうな笑みを浮かべて宇髄が相変わらず派手な髪だなぁと善逸の頭をぐしゃりと撫でた。

 

宇髄さんと知り合ったのは善逸の友達である炭治郎の年上の彼氏の煉獄さんが宇髄さんの友達だったからだ。

炭治郎と煉獄さんは近所に住んでいるらしくて挨拶とか近所での交流会の時に顔を合わせる度にお互いを意識的してたみたいで何度か話をする仲になった頃に煉獄さんからのアプローチで交際が始まったみたいなのだ。

もうお互いが好きというのがよく分かる程に二人の空気が甘いし二人がふと目が会うだけで嬉しそうに微笑み合う所を目撃すれば砂糖なしのブラックコーヒーが何杯も飲める程に二人は相思相愛という言葉が似合う。

 

だから炭治郎から煉獄さんを紹介されてから何度か一緒に食事をした事があり、ある日も街中のお店で夕食を食べ終わって店を出た所で偶然通り掛かった宇髄さんと会ったのだ。

その時に煉獄さんから宇髄さんを紹介されてたまに顔を合わせるようになった。癪に触る程やたらと男前で性格がかなり俺様で偉そうだけどスペックの高い人で何を気に入ったのか何かと俺に絡んでくる。

けど派手好きだから多分この黄色い頭を気に入ってるのだろうと思う。

 

「お前、こんな所で何やってんだ。竈門と待ち合わせか?」

 

手ぇこんなに冷えてるじゃねぇか。自然と手を取られて善逸はドキッとしたがぶすっと淡々と答えた。

 

「彼氏と待ち合わせですけど?」

 

 彼氏。それを聞いてピシリ、と固まり宇髄は目を見開いて善逸を驚愕の表情で見下ろした。

その顔を見て言葉にしてなくてもお前彼氏いたのか…とか思ってるのバレてますからね?!どうせ俺に彼氏がいた事が信じられなかったんでしょうね!はいはい分かってますよどうせ女に困ったことないイケメンには驚きだったんでしょうね?!と宇髄をじとりと見上げる。

 

すると何とも言えない表情をした宇髄に尚も文句を言おうとした所で聴覚が優れた耳が聞き覚えのある声を拾って善逸は宇髄の背後の先に視線を向けた。

 

 そこには見覚えのあるくすんだ茶髪とその隣には見知らぬ女の子が腕を組みながら並んでいた。

 

数時間前から待っていた彼氏だった。

 

「……」

 

いきなり黙った善逸の視線を辿り宇髄が振り返って善逸の視線の先を見ると眉間に皺を寄せた。

 

「もしや…あれが彼氏か」

 

 別の女といるじゃねぇか。射そうな程険相な表情で言う宇髄に善逸は仕方無さそうに笑みを浮かべながら言った。

 

「ん…一応、あれが待ってた彼氏ですけど…また二股掛けられてたみたい」

 

 また?宇髄が怪訝な表情で善逸に聞き返すと善逸は事も無げに答える。

 

「前にも2、3回こんな感じの同じ状況があったんですよ。その時とはまた違った女の子みたいですけど」

 

「はぁあ?何だよそれ。二股掛けられてんのに何で別れねぇんだよ。そんなにあの男が好きなのか」

 

意味分からねぇ、苛ついたように舌打ちする宇髄は今にも彼氏とその女を追い掛けて殺しそうな雰囲気を醸し出していて善逸は思わず宇髄の上着を掴んだ。

 

「好きというか……恋愛感情の好きというものがよく分かりませんけど俺が必要だって言ってくれたんです」

 

正直好きかと聞かれたらよく分からない。

けど俺は美人でもなければスタイルもそこまで良くないし頭も良いかと言われれば赤点をなんとか免れる程度の頭だし、こんな何も取り柄のない俺を必要としてくれるのがただ嬉しかった、それだけ。

だから二股掛けられてたとしてもお前が必要だから別れないでくれ、と言われたらまだ必要としてくれるんだって別れる事が出来なかった。付き合ってから半年経つけどデートらしいデートなんてした事ないし一緒に夕食を食べた事しか記憶にない。手さえも握っていないと思う。

 

炭治郎と煉獄さんを見る度に恋人同士というものはあんな風なんだろうなって少し羨ましくなった。

 

「流石にこう何回も見ると慣れてきますね。ていうか宇髄さんに見られたの恥ずかしいなぁ…」

 

へらり、善逸が宇髄を見上げて眉を下げて小さく笑うと宇髄はギリッと唇を噛み締めたと思ったら徐に善逸の手を取って歩き出した。

 

いきなり歩き出した宇髄に善逸はえ?え?ちょっと宇髄さん?!と慌てて歩を進める。

足の長い宇髄と善逸とでは歩幅が合わないから善逸は小走りで宇髄の背中を追い掛ける。

角を曲がる所で気に掛けてココアをくれた清掃スタッフのおばぁちゃんが後ろから声を上げた。

 

「彼氏がやっと来てくれて良かったねぇ!」

 

宇髄の背中を追い掛けながらおばぁちゃんを振り返って彼氏じゃないですと訂正しょうにもそうする前に角を曲がってしまい笑って手を振ってくるおばぁちゃんが見えなくなった。

 

どんどん進む宇髄さんを追い掛けると景色は人がごった返す賑わう街中から人のいない静かな公園に辿り着いた。

やっと足を止めた宇髄にずっと小走りで追い掛けていた善逸は肩で息をしながら宇髄の背中を繋がれていない方の手で軽く叩いた。

 

「っ…は、ぁ…宇髄さん、ゆっくり歩いてよ…!」

 

いきなり何なの?!!善逸が問い掛けると宇髄は振り返って善逸を見下ろした。

 

「なぁ、本当にあのクソ野郎が好きなのか。あんなのと別れる気はねぇの?」

 

二股を掛けられてるのに。本当は辛いだろ?そう言われて善逸は宇髄を見上げたまま何を言えばいいか分からなくなった。クソ野郎って一応人の彼氏なんですけど、そう言えば良かったのに言えなかった。

 

辛いと言えば辛い。だって必要だって言われたのにデートで待ち合わせると忘れてるのかはたまたわざとなのか違う女の子といるのを見つけてしまう。必要だと言ってくれたのに俺じゃなくて違う女の子を選ぶんだ?じゃあ俺は一体何…?っていつも考える。

 

やっぱり俺は何もないから可愛い女の子の方が良かったんだ。だから悪いのは彼氏じゃなくて何もない俺の方が悪いんだ。何も返せない俺では必要としてくれるだけ凄く有り難い事だった。

 

「善逸」

 

 

でも、それでも

 

やっぱり…凄く、辛い…。

 

見上げる宇髄さんの顔がボヤけて、よく見えない。無意識に涙が溢れていた。好きと言われればそうでもなかったけどやっぱりあんな場面を見てしまうとお前なんかいらない、必要ないと直接言われたようで胸が痛かった。面と向かって言われるよりも凄く痛い。

 

何も返せない俺に宇髄さんは目を細めると顔を寄せてきた。

 

 

「あんなクソな男なんて別れちまえ。いいな?」

 

何でアンタにそんな指図されなくちゃいけないんだよ、勝手な事を言うな!とか言いたい事はあったのに口から出るのは嗚咽だけで言葉にもなりやしなかった。

涙を拭う手が温かくてもしかしたら本当はあの男と別れるのに背中を押して欲しかったのかもしれない。初めて知る宇髄の優しさに善逸は胸をきゅっと締め付けられる。

 

「善逸」

 

返事のない善逸に宇髄が返答を促す。

善逸は嗚咽で途切れ途切れてながらもはい、と頷いた。もうダメだ、別れたい。

頷いた善逸に宇髄はふっと笑みを浮かべると善逸の両手首を掴まえ、涙を流す目元に唇を落としたかと思うと震える小さな唇にも口付けを落とした。

 

「……ッ、ぇ…?」

 

今、キスされた…?

 

目を見開いて直ぐ目の前にある宇髄の顔を見つめると宇髄は優しい笑みを浮かべてまた顔を寄せてきた。条件反射で目を瞑るとまた唇に柔らかい感触が触れてまたキスされたのだと分かった。

 

さっきまで二股掛けられて悲しかったのに今は初めてのキスにドキっドキと胸が痛いほど高鳴って善逸は顔を赤くした。

 

何で宇髄さんにこんなドキドキしてるの?!今まで意識してなかった宇髄さんが男の人だと意識してしまって善逸は無意識に後ずさろうとしたけど両手を宇髄に掴まれてて失敗した。

 

「あんな男より俺にしろ」

 

一瞬、何を言われてるの分からなかった。

けれど打って変わって真剣な表情な宇髄さんにこれは、告白されていると気付いた。

 

「……俺、さっき二股掛けられて…別れる決意をしたばかり…」

 

なんですけど、しかもなんで上から目線なんですか…ぐしゃぐしゃの顔で宇髄に言う善逸に宇髄は返す。

 

「俺の方がお前を甘やかしてやる。ずっと一緒にいてやる、それに…」

 

お前を泣かせたりしねぇ。

 

アンタ…なんでそんな男前な事を平然と言える訳…?俺が可哀想だからってからかって冗談言ってるんじゃないの?俺なんかよりもムカツクけど男前なアンタならもっと可愛い子がたくさんいるじゃん、善逸がそう溢すと俺は冗談なんか言わねぇ。確かに俺は色男で華やかな男前だけど俺はお前が良い。善逸が良い。と手を握り締めながら宇髄は強く返す。

なにそれ自分で色男で華やかな男前って言う?普通…アンタやっぱりどこか可笑しいんじゃないの…。可笑しくて結構だわ。だからなぁ、善逸…俺にしろ。信じようとしない善逸に言い含めるように拒否権のない命令口調なのに、その声は真逆の柔らかくて甘いものだった。

 

「…アンタってずるいよ…」

 

俺が良いなんて、そんな事を言われたらもう頷くしかないじゃないですか…。

善逸は例えこれが宇髄の嘘だとしても宇髄から聴こえる優しい音に安心出来て身を寄せた。

さっきまで曇り空しか続いてなかった空からは太陽が雲から顔を覗き始めた。

 

「俺はこれでも一途なんだよ善逸」

 

宇髄に抱き締められてその言葉の意味を善逸が知るのはまた別の話。

 

 

END