◆煉炭と宇善
今日は何時もに増してどこも騒がしい。
音が頭の中に響きぐわんぐわんと脳ミソをかき混ぜられるようで気分が酷く最悪だ。
何故自分がこんなにも音に敏感なのかは知らない。生まれた時からこうだったのか知らないが、物心ついたときから僅な小さな音ひとつでも全て鮮明に聴こえてしまう。
余りにも良過ぎて心臓の音だけで人の感情を聞き取れてしまう程に、耳が良かったのだ。
だから昔は人との付き合いが苦手だった。今ではどう人と接すれば良いか学習したからそんな事はないが、それでも余りにもたくさんの音が耳に入ってくると頭がパンクして割れそうになる時がある。
今がそうだ。どこかで祭りでもやっているのかドンドンドン!と太鼓を叩く音、人の楽しそうな賑わった音に、そんな祭りの音に誘われてざわめく動物たちの音。
一気にたくさんの音を頭が処理しょうとするけどそんなの無理な訳で俺は今、最高に頭が痛いしグラグラするしで静かに休みたい訳なんですよ。なのに、
「何で…アンタが居るんすか…」
夏休みの間、勉強合宿という名目で歴史の古い煉獄さんの大きな屋敷にいつものメンバーで寝泊まりしているのだ。
勉強は朝からお昼の間に済ませていて今は夕方で煉獄さんと炭治郎たちは夕飯の準備をしていて居間にはいない。
俺は気分が酷いからと寝転んで休ませて貰ってるンだけど、何でここに呼んでもない宇髄さんが居る訳??誰だよコイツ呼んだの!
宇髄さんは寝転ぶ俺の頭の上で腰を下ろすとニヤリと見下ろしてきた。
「あ?丁度通り掛かったから煉獄に一声掛けようとしたら煉獄から上がれって言われたんだよ。俺に会えて嬉しいだろ喜べ」
誰が喜ぶか!
本っ当に偉そうだなアンタ!俺は気分が悪いから休みたいのにアンタが居たんじゃ休めるもんも休めない訳!!?分かる?!!だから早く帰ってくれませんかね?!!
そう言いたいのに声を出すのも怠くて突っ伏す。すると何を思ったのか宇髄さんがいきなり首元に触れてきた。
「ッ…!」
夏なのにちょっとひんやりしてる指にビックリして宇髄さんを見上げると真剣な表情をしていた。
何…?もしかしてこれは心配…してくれてる感じ?いつも何かと絡んできて口喧嘩してたまに手も足も出るのにこんな時に心配してくれんの?何それ…顔だけじゃなく性格まで男前かよ滅べよマジで。
何故か赤くなる顔を見せたくなくてまた突っ伏すと首元に触れていた手が脇に向かってひょいっと簡単に体を持ち上げられた。
「えっちょっと、何何何…ッ?!」
青ざめる俺なんかお構い無しに宇髄さんは俺にタオルケットをぐるぐる巻き付けるとそのまま胡座をかいた膝に乗せて頭を胸元に押し付けられた。
ちょっ、タオルケット…暑いんだけど?!手足がタオルケットで巻き付けられてるから大した抵抗も出来ずにバタバタしてると宇髄さんがぎゅっと俺を抱き締めて小さな声で溢した。
「大人しく俺の音だけ聞いてろ」
びっくりしてバタバタもがいてたのを止めてしまった。目線をそろそろ…と上げると未だに真剣な表情をしてる宇髄さんの素顔が目の前にあって口から心臓が飛び出るかと思った。
いつも人をバカにしたような笑みばかり浮かべてるクセに何で急にそんな真剣な表情を見せる訳…ズルくない?男前ってだけでも腹立つのに…こんな、俺だけドキドキさせられるのって本当にムカつく!!!
自称祭りの神を宣う宇髄さんの音は、静かだ。研ぎ澄まされた刃のように鋭いのに、聴こえてくるのは静寂だ。心臓のトク…トク…と規則正しいリズムで動くのですら本人の性格に似合わず静か過ぎて最初の頃はこの人何かに取り憑かれてるンじゃないのかって思った程だ。まぁ、そんな事はなかったけどね。
タオルケットで赤くなった顔を隠し押し付けられたままに宇髄さんの胸元に耳を当てて心臓の音を聞く。すると今まで聞こえてた騒音が遠退いて宇髄さんの音だけが耳に残る。
さっきまで具合が悪かったのが嘘のように良くなってきて、宇髄さんの手が頭を撫でる心地好さに眠気を誘われる。
「眠っとけ」
夕飯の時間、と頭の隅で思ったが頭を撫でる大きな手と体を包み込む暖かさに抗える事なんて出来る筈もなく、意識が落ちていった。
眠った善逸の顔を見下ろし、頬を輪郭に添って撫でて前髪を掻き分けると額にそっと唇を落とした事を知ってるのは庭の木に止まっていた二羽の鴉しか知らない。
*
「善逸大丈夫かな…」
台所では炭治郎がじゃがいもの皮を剥きながら居間で休んでいるであろう善逸の心配をしていた。
傍らで煉獄が野菜を水で軽く洗いながら小さな笑みを浮かべて大丈夫だと答える。
「我妻少年の傍には宇髄がいるから心配する事はないさ」
炭治郎が煉獄を見返すと煉獄はニコッと再度大丈夫だ、と安心させるように笑った。
それに炭治郎は煉獄が言うのだから大丈夫なのだろう、とやっと笑みを浮かべる。
「それにしても、宇髄さんって家が確か反対側の方でしたよね?こっちに通り掛かる程の用事ってなんだったのでしょうか?」
炭治郎が首を傾げて煉獄に分かりますか?って聞かれるのに煉獄はキョトンと目を見開くが次の瞬間声を上げて笑った。
「はははっ!宇髄も素直に言えば良いものを!」
分かっていない炭治郎はえ?え?っていきなり笑い出した煉獄に困惑するがズイッ!と顔を寄せられてぱちくり、と大きな目を見開く。
「夏休みの間、竈門少年に長らく会えないのが我慢出来ずに勉強合宿を名目に誘って会いたくなった。それと同じだ」
目をスッと細めて赤い目を見つめると丸く柔らかそうな頬がボンっ!と擬音がつく程に赤く染まった。
ぷしゅ~と湯気をたてる炭治郎に愛らしくて堪らず煉獄は自分の持っていたものと炭治郎が持っていたじゃがいもやピーラーを取り上げて端に下げると小さな体を抱き締めた。
「はは、竈門少年は本当に愛らしいな!」
赤くなりながらも抵抗せずされるがままになりながら炭治郎は煉獄の背にそっと手を回した。
夏休みの間、会えなくなるのが寂しかったのは自分だけじゃなかった。
炭治郎は嬉しくて顔がニヤけそうになるの煉獄の胸元に顔を埋めて隠した。
end