mikotoの呟き

小説(◆マーク)とお知らせや近況報告

◆煉炭

 

夏休みの真っ只中、中高キメツ学園の2階にある資料室の一角でPCに向かいながら歴史の授業で使うプリントを制作してるのは歴史の担当である煉獄杏寿郎だ。

 

夏の日差しを浴びる金色の髪が日差しの向きが変わる度にキラキラと輝き、赤い髪の所は柔らかく輝く。

 

首元までしっかりとボタンが留められてネクタイも締め、ネクタイが動くのを防ぐためのネクタイピンがキラリと艶を出す。

この部屋には冷房はあるのだが煉獄が余り冷房を好まず部屋の窓を全開に開けただけで時折そよぐ風が入ってくるだけだ。

裾を折って巻いた剥き出しの腕が汗で少し湿っていたが本人は微塵も暑さを感じさせず涼しげな表情でタイピングしている。

 

その後ろには煉獄のお腹に腕を回して引っ付き抱き付いている子が一人。

この学園の生徒で真面目な性格でどっちかというと優等生に分類されるのだが父の形見の花札のようなピアスを頑なに外さず着用してる事から風紀委員の人達からは不良と見なされている2年生の竈門炭治郎だ。

勿論、不良のように他人に暴力を振るったりカツアゲなどはしていない。中等部にいるフランスパンを加えた妹を溺愛する心優しい長男だ。

 

資料室にはソファーがあり、その前にテーブルもあって煉獄はそこにPCを置いて仕事をしていた。炭治郎はソファーと煉獄の間に入りその大きく広い背中にもたれ掛かっていたのだ。

夏にも関わらず隙間もなく密着する炭治郎に否を唱える事もなく煉獄は作業を続けている。炭治郎も暑い筈なのだが離れようとは思えずかれこれ数時間はこの状態が続いていた。

 

時計の針が14時を指した所で煉獄は顔を上げるとPCを閉じた。

 

「竈門少年、暑くないか!」

 

背中にいる炭治郎に問い掛けながらお腹に回された手に手を重ねる。

炭治郎はぎゅっと更に強く密着しながら大丈夫ですと答えた。暑いのだけど、そんな事で離れるのはまだイヤだった。

 

炭治郎がまだ離れたくないと感じ取った煉獄は小さく笑みを浮かべると体を捻って炭治郎を振り返り見下ろした。

 

「そんな背中にばかり顔を押し付けてると顔が見れない。前においで」

 

誘うと炭治郎は一度腕を離し、煉獄の脇の間から頭を出すとそのままいそいそと煉獄の膝の間に座り今度はお腹ではなく首元に両腕を回して密着した。

炭治郎の背中に手を添えながら煉獄は体を後ろに倒しソファーにもたれてると深呼吸を1回してリラックスする。

腕の中の重みが愛しい。体に腕を回して抱き締めると空かさず抱き返してくるのが堪らなかった。

 

煉獄には前世の記憶がある。大正時代の時の記憶だ。人を喰らう鬼という者が存在し、その鬼に対抗する為に鬼殺隊という組織が尊い命をかけながら闘っていたそんな時代だった。

そして自分が鬼殺隊という組織に入り最高位の剣士しか名乗れない柱になっていた事、上弦の三の鬼に腹を貫かれて命を絶った事も、覚えている。

 

煉獄の最期を見届けたのは、炭治郎だった。

勿論、その事も覚えている。泣き顔よりも笑った顔が見たいと、遠退く意識の中で思っていた事も全て鮮明に覚えている。

この時代で炭治郎と出会った時、炭治郎は記憶を持っておらず覚えていなかった。

 

煉獄はその方が良いと喜び、教師と生徒として接してきたが不思議な事に前世で関わった者たちは何の因果かこの学園に集まっていたのだ。だから前世の時に自分の腹を貫いた上弦の三の鬼である猗窩座も、この学園にいる。

前世は前世だ。鬼の存在は今はもう居らず少年たちが鬼舞辻を葬った事を表していた。だからもう人が鬼に喰われる心配もなく平和な時を刻むこの時代に煉獄は大いに喜んだ。やはり自分が信じた少年たちは立派に責務を果たして全うしたのだ。

 

前世で猗窩座に殺られたが煉獄は気にしていない。相変わらず勝手に呼び捨てにするし空手部に勧誘してくるしつこい男だが鬼ではないし人間を食べる事もない。鬼ではなく人間として生きているのだ、彼も。

価値観はやはり合わないから嫌いだがもう、何も気にするような事はない。

 

煉獄はそう思っていたのだが炭治郎は違ったようだった。いつものように教師として炭治郎の質問に答えいたら懲りずに現れた猗窩座を見て炭治郎が大正時代の記憶を思い出してしまったのだ。

涙を流し猗窩座から煉獄を遠ざけて近付くなと威嚇するのに煉獄は悲しくなったのを覚えている。悲しい記憶は思い出させたくなかったのだがもう遅かった。炭治郎は煉獄に抱き付きいつまでも涙を流して守れずごめんなさいと謝った。

もう過ぎた事だと、気にするなと伝えたが炭治郎はいつまでも気にするのだろう。けれど今と昔は違うのだと理解しているみたいだから猗窩座を敵として見なしていないが生理的に嫌いではあるらしい。

煉獄に近付く度に忠犬のようにガルルルッと威嚇する姿は本人に失礼だろうが愛らしい。

 

もとより煉獄は大正時代の時から炭治郎を好ましく思っていたのだ。目指す目的に向かって全力な姿勢は好ましく、無限列車の時に短い一時だったが妹の為ならどんな苦難も乗り越え仲間のために思いやりにかけた炭治郎は煉獄には眩しく暖かかった。

猗窩座に会って以来煉獄に引っ付くようになり煉獄しか頭になかった炭治郎と好ましく思っていた二人が好き合うのは時間の問題だった。

 

頭ではもう危険に脅かされる事はないと理解していても体は煉獄から離れる事をよしとせず駄々を捏ねる子どものように抱き付くクセがついてしまい、今に至る。

 

授業中は流石に抱き付く事はないが視線はいつまでも背中を追っていて煉獄はこんなにまで想われる事が嬉しくくすぐったかった。

前世の記憶を思い出してしまったのはやはり悲しいが炭治郎は思い出して良かった、貴方を思い出せてホントに良かった!と煉獄に言うから煉獄も嬉しかった。

 

「煉獄さん、お仕事は終わったんですか?」

「うむ、一通りは終わった!」

 

終わったと伝えるとパッと起きた炭治郎は嬉しいそうに煉獄を見つめた。

 

「では一緒に帰りましょう煉獄さん!」

 

昔のクセでか炭治郎はよく"先生"ではなく"さん "で煉獄を呼んだ。今もまだ学校だから先生なんだが煉獄はあえて何も言わず炭治郎の頭を撫でて頷いた。

 

「あぁ、一緒に帰ろう!」