◆高杉と神威
日が落ち始め影が伸びる夕暮れ、人気のない静かな場所で二人の男が20人以上のヤンキーに取り込まれていた。
高杉と神威だ。
ヤンキー達はその手に釘付きバット、ナイフ、棒切れにパイプ等様々な武器を手に二人を下卑た笑みを浮かべながら取り囲んでいた。
しかし神威はそんなヤンキー達を前にしてもニッコリと微笑んでいる。
「シンスケに手を出す前にオレを殺ってからにしなよ♪」
神威が高杉の前に出て拳を構えるのに高杉がはぁ…また始まりやがった、と溜め息を吐いた。
停学が明けてからここ最近は何かと喧嘩や恨みを買われる事が多い高杉の所に神威が現れて高杉の喧嘩を神威が買う事が多くなった。
別に頼んでもいないのに何故こいつはタイミングの良いところで毎回毎回現れるのか高杉は不思議だった。
しかしチンピラの喧嘩を買った所で所詮ただの弱い雑魚だから高杉も文句を言うことなく全てを任せてただ傍らで煙草を吸って見物を決め込んでいた。
「なんだ、コイツら弱いじゃん」
20人程は居た男達が神威によってものの数分で再起不能になった。
最後に打ちのめした男の髪を持ってた手をパッと離すと男の頭はゴトッと重い音を立てて地に落ちた。
「ただの雑魚だ。当たり前だろ」
「シンスケに挑むくらいなんだから強い奴らだと思ったのになー残念」
「数でものをいわせようとしただけの奴らだ、一人じゃ何も出来ねー弱ェ雑兵集団だよ」
ふーん?じゃあシンスケはコイツらの相手一人で出来たのか、と神威が高杉を振り返ると高杉はクッ…と喉を鳴らして笑っただけだった。
コイツら起きないなー準備運動にもなりゃしなかった、と腰を下ろして自分で伸した男達をつまらなそうに見下ろす神威の背中に高杉が声を掛けた。
「オイ。髪がほどけてるぜ」
先程男達の中にナイフを持っていたのが数人いたが振りかざす拳を避けた時にでも髪に引っ掻けたのだろう、後ろで三つ編みに纏まってた髪がほどけて背中に流れてた。
指摘されて初めて気付いたのか神威がキョトンと幼い表情を見せた。
「あ。本当だ」
背中を振り返って神威は唇を尖らせた。折角纏まってたのに、と文句を言いながら髪を1回バサッと流して高杉の所まで歩み寄った。
そして、
「はい」
「…あ?」
背中を見せて髪止めを渡してきた。
意味が分からず高杉は顔をしかめて神威の背中を睨んだ。
「シンスケ、結び直してよ」
「何でオレが」
一人で出来るだろうにこの男は何を言っているンだか、高杉は呆れた顔で神威を見返した。しかし呆れた顔の高杉を意にも返さず神威は背中を向けたまま続けた。
「良いじゃん、直してよシンスケ」
言い出したら梃子でも動かないだろう神威に高杉は溜め息を吐いたことで了承した。
背中まで届く長い髪を手に取って高杉はするするっと迷うことなく流されたままだった髪を三つ編みに変えていく。
「…何甘えてンだ、てめェは」
「気の所為だよ」
「フン…兄が聞いて呆れる」
「シンスケその言い方母さんみたいだよ」
「てめェみたいな悪ガキ産んだ覚えはねェ」
「オレだってこんな目付きの悪い母さんに産まれた覚えはないよ。母さんはもっと美人だ」
言うじゃねーか、笑って高杉は終わったぞ、と背中にキレイに纏まった髪を前に持ってって肩に流してやり神威の背中をポンと叩いた。
高杉が直した三つ編みを見て神威は満足気に笑みを浮かべた。
「シンスケってホント器用だよね」
その後、あれから神威は髪がほどけると学校だろうとどこだろうと高杉の所に訪れては髪を結わい直してと現れるようになった。
面倒で高杉がそれぐらい自分で直せと言うとそれはもうしつこいくらいに付きまとって来るもんだから高杉はさっさと追い返すのに髪を結わい直してしまうのだ。
それが週に何回もあれば慣れてしまうもので珍しく教室に来てのんびりしてた高杉はそろばん塾の教科書に目を通してたが窓がガラッと開き、騒いでたクラスがシーンと静まり返ったから不審に思って顔を上げると3階だというのにどこから登ってきたのか神威がそこにいた。
「…何の用だ」
「やっほーシンスケ♪髪ほどけたから結わい直してよ」
「またか」
現れた神威の髪がほどけてるのを見て想定はしてたがやっぱりそうか、と高杉はもう呆れるしかなかった。
既に諦めていた高杉は教科書を閉じると傍に神威を促す。すると心得てる神威は窓から教室に入ると高杉の横に隣の椅子を移動させて背中を向けて座った。
高杉はずっと横にいた来島また子から櫛を借りると神威の髪を傷付けぬようにすいてから櫛を置いた。髪を三つの束に分けて慣れた手付きで三つ編みにしていく。
教室にいた者達はいきなり現れた神威に驚愕してたのにその用事がただ高杉にほどけた髪を直して欲しいだけだった事にも目を見開いた。
妹である神楽はこっちに目もくれず完全スルーされた事に頭に来てるらしいがお妙になだめられていた。
「ほら終わったぜ」
「うん、ありがとうシンスケ」
今日の三つ編みの出来を確認して神威はニコリと笑うと土方バイバイ♪と土方に向かって手を振って入ってきたから窓からさっさと消えてしまった。
ホントにただ髪を結わい直して貰う為だけに遥遥と銀魂高校まで来たらしい。
高杉はいつもの事なのかもう用事は済んだとばかりに先程閉じた教科書を開いて机に脚を乗せてリラックスモードだ。
土方は高杉に近付いて声を掛けた。
「いつも髪を結ってあげてるのか?」
「ンな訳あるか。アイツが喧嘩で髪がほどけた時だけだ」
「にしては慣れた手付きだったな?」
からかってるつもりなのか笑みを浮かべてる土方に高杉は喉を鳴らして笑った。
「そりゃ嫉妬か?十四郎」
「な…!違ェよ!!」
「心配すンな、オレァ十四郎一筋だからよォ」
ニヤニヤと土方を流し目で見上げながら言うのに土方は顔を赤く染め上げた。
「ッ…バカ野郎…」
赤く染まった顔でそんな事を言われても高杉には可愛いらしいだけだった。
クラスの者には高杉と土方が付き合っている事は既に認知済みであり、二人がイチャ付き始めたと見た途端に元の騒がしさが教室に戻った。
実は前世の記憶がある3年Z組の生徒、いやこの銀魂高校に雇われてる一部の教師や生徒は皆前世の記憶があり初めの頃は高杉と土方が付き合ってると知った者は自分の耳を疑ったものだったが、二人が悪態を付きながらも二人の漂う雰囲気は落ち着いていて甘かった。
騒ぐ者が居ても猛反対する者はいなかった。
高杉は銀魂高校始まって以来の最恐のヤンキーだったが他のヤンキーと違って誰構わずターゲットにする訳でもない、喧嘩を売る訳でもなくただ自分のやりたい事をやってるだけの男だった。
そして非常に退屈を嫌う男でもあった。存外この男は祭りや派手な騒ぎが好きだ。
そしてこの見目である。男でありながら、まだ齢18才にして滲み出るフェロモンに男でも況してや女達は目を奪われる。
"歩く18禁"なんて呼ばれたりもしてるらしい高杉は周りの視線を引き寄せる綺麗な顔をしてる。
それもあってヤンキー達は高杉を気に入らずこぞって打ち倒そうと躍起になっている。
狙われてると知っていても堂々としてる高杉だ、何人掛かってこようが余裕で叩きのめす。ポケットから手を出す事もなく脚だけで相手を伸す姿は正に魔王そのもの。
しかし最近は高杉に向かってくるヤンキーたちの相手を何処からとなく現れる神威が引き受けてる為か、高杉が手をというか脚を汚す事はなくなった。
ボディーガードのように高杉の傍を愉しそうに跳び跳ねる神威を周りからは高杉が暴れん坊の神威を手懐けたと噂されてる。
神威の耳にもその事は入ってる筈だが神威は敢えて否定はしないでいる。
高杉の傍にいると面白い事が起こる、と神威は高杉の元までやってくる。
父と妹の小言が煩くて家に帰らずよく高杉の家に転がり込む程、神威は高杉を酷く気に入ってきた。
土方との仲も知っており、高杉との仲をからかって土方で遊ぶのも一つの楽しみだった。
年齢の割りに落ち着いている高杉は神威には兄のように思ってる不知があるのだ。
母が妹を産んで直ぐに重い病に伏せって父が病を治す為の治療法を探すのに家を空けてから兄という立場でしっかりしなくてはならなかった神威は母にも妹にも甘える事や弱音を吐く事も出来なくなった神威には高杉が唯一甘えられる事が出来る人間だった。
そして自然と高杉と付き合っている土方にも甘える事が度々出来るようになった。
だから神威はよく銀魂高校に遊びに来ている。放課後生徒が帰る頃に現れて帰宅する高杉と土方と一緒に帰る。そんな3人の姿を度々見掛ける事が多かった。
神威は高杉が気に入っている。そして、高杉が好きな土方も気に入ってる。
二人と一緒に居る事が神威には楽しくて気が休まった。高杉と土方はそこら辺の雑魚よりも強かったのも神威は気に入っていた。
つまらなかった世界が鮮やかな色をして輝いた。
神威は高杉のおかげで今が楽しく思えるようになったのだ。
高杉も特に神威を煩わしいとは思わなかったから好きにさせている。土方に手を出さなければ構わない。それにここまで懐かれるのは別段嫌ではない。 戦い以外に興味がなく無知な我が儘な弟を持ったと思ってる。
だから家に転がり込もうと好きにさせた。
土方との時間を奪われるのは癪だけども。
「十四郎、」
「ん?」
「今夜泊まりに来いよ」
傍らに立つ土方を見上げて高杉は笑った。
それが今夜のお誘いである事に気付かない程、土方は鈍くない。目尻を赤く染めてぶっきら棒に言った。
「それは別に良いけどよ、神威が来るンじゃねぇのか」
「さてねェ、来るかもしれねェが一緒に寝てる訳でもあるめェし十四郎と楽しんでいても分からねェよ」
「オレが気にするンだが…」
神威がいる手前でヤろうとするのは如何なものかと躊躇する土方だが否とは言わなかった。
土方だって健全な男子高生だ。溜まるもんは溜まっていて高杉と触れ合うのに断る理由は神威が隣の部屋で寝ている事だけ。しかし高杉の言う通り居るだけで声が聞こえる訳でもないのだから気にする事はないのだろう。(高杉の家の壁は全てが防音なのだ。)
土方は小さく頷いて了承した。高杉は土方の手に触れてそっと握ると柔らかい笑みを浮かべて優しい眼差しで土方を見つめた。
二人のなんとも甘い雰囲気にクラスメイトはここが教室だって事を思い出して欲しい、と思いながら好き勝手に過ごしていた。
END